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サクサク軽く読める一方でじっとり重い、「男と女」を書き続けてきた著者ならではの自選集-『指先の戦慄』

『指先の戦慄』

新津きよみ/2010年/288ページ

萌子は、かつて夫だった男と待ち合わせをしていた。折り入って相談があるというのだ。萌子の親友と不倫関係になり、やがて彼女を捨てて親友と結婚した男は、弱りはてた様子で、一度妻と会ってくれないかと持ちかける。仕方なく家を訪れた萌子が目の当たりにした、元・親友の変貌とは―(「尽くす女」)。誰の胸の内にもあるごく普通の感情が、やがて誰かを奈落へ突き落とす。心理描写の名手が日常に潜む闇に迫る、傑作短編集。

(「BOOK」データベースより)

 

 「男と女」をテーマに、作者自身が本当に怖いと思う作品を集めたという自選短編集。この作者の作品はどれも「男と女」がテーマのような気がするがそれはともかく、サラリと読めてしっかりオチが付く作品が揃っている。

 「無視する女」-夫にフェラチオするのしないだの、しょうもないきっかけでママ友を無視せざるを得なくなった主人公。相手もこちらを無視し始め、お互いに引き返せないところまで来てしまうが…。最後のどんでん返しが微妙に複雑でわかりづらく、少々スッキリしない。「左手の記憶」-利き腕を怪我してしまった作家が、口述筆記のために秘書を雇うのだが、彼女の振る舞いは作家の忘れ去りたい過去を思い出させるもので…。本書の中ではかなりストレートなサイコスリラー。「尽くす女」-かつて、夫を略奪婚していった女も、子供が生まれたことですっかり所帯じみてしまい…。寝取られ妻が思わず絶句する、家庭という呪縛。「歯と指」-どんくさい息子の育児のため、キャリアを不意にしたと後悔する母親がふと垣間見る狂気の幻想。「返す女」-借りた本や傘、ハンカチを返すとき、ぜんぜん違うものを返してくる妙なママ友。彼女が“返す”のはモノだけではなく…。「結ぶ女」-口の中でサクランボの茎を結ぶのがうまい女。彼女は縁を結ぶことにも執心していたが、その想いが裏切られた時、自らを“結び付け”てしまう。「頼まれた男」-女王様じみたメスガキ幼馴染がそのまま成長し、鈍くさい男を侍従のように扱っていた。だが結婚を機に2人の力関係は逆転し…。「緊急連絡網」-明日の体育の時間、跳び縄を持ってきてくださいね! クラスに回された緊急連絡網にまつわる怪談。「捕らえられた声」-声優のもとへ夜毎かかってくるキモい電話。犯人を昔会ったフリーライターの男だと確信した彼女は、男の殺害を画策する。「戻ってくる女」-あの女は冷え性だからお前に譲ってやるぜ! と、先輩から譲渡された形で雪子という女性と付き合うことになった主人公。その一途な愛がしだいに重たく感じられてきたため、車で連れまわしてその辺に置き去りにしてしまうのだが、彼女は必ず彼のもとは帰って来るのだった。

 全体的に読みやす過ぎるせいで軽い印象を受けるが、歪んだ純愛を描く「頼まれた男」、怪談としては王道かつ学校怪談としては変則の「緊急連絡網」、パラレル世界への転換が他の作品とは異質な恐怖を呼ぶ「歯と指」、鬼気迫るとしか形容できないラストの「戻ってくる女」辺りは好みだった。

★★★(3.0)

 

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