『青い夜の底 小池真理子怪奇幻想傑作選2』
小池真理子/2011年/272ページ
互いが互いに溺れる日々を送っていた男と女。だが突然、女との連絡が途絶えた。シナリオライターとしての仕事にも行き詰まり、苦悩する男が路上で出会ったのは…(「青い夜の底」)。死んだ水原が、今夜もまた訪ねてきた。恐れる妻を説得し旧友をもてなすが…(「親友」)。本書のために書き下ろされた表題作を含む全8編。異界のもの、異形のものとの、どこか懐かしく甘やかな交流を綴る怪奇幻想傑作選、第2弾。
(「BOOK」データベースより)
『懐かしい家』と同じく、ふしぎ文学館『くちづけ』に収録されていた作品に、新たに書かれた表題作をプラスしたもの。解説は『くちづけ』を編集した新保博久で、作品解題も含めて興味深い内容。
「鬼灯」-継母に疎んじられていた私にとって、父の妾である信子さんの家は懐かしい場所だった。信子さんが亡くなった後も、使用人だった君江さんがその家に住んでいる。ある日ふと思い立ち、信子さんの家を訪れた私は、鬼灯を鳴らす懐かしい影を見る…。色男の父と妾とその使用人、男女の愛憎ひしめく間柄…といいたいところだが不思議と‟憎”は感じられず、哀切のみがそこにある。本シリーズの中でも屈指のジェントル・ゴースト・ストーリー。
「生きがい」-息子と連れ合いを同時に亡くした「私」はアパートの大家として生活していたが、入居者は大学生のノボルひとりしかいなかった。「私」はノボルにかいがいしく世話をするが、彼を息子の代わりとして見ていることも申し訳なく思っていて…。少々アンフェアな‟意外な真相”オチだが、本作品集の中では珍しいパターンでもある。
「しゅるしゅる」-恋人に逃げられ、会社の経営は悪化し、部下に逃げられ、買った家はガタが来て…と不幸続きの主人公。そんな彼女にもかいがいしく接してくれる家政婦の和代さんが、身近で起きた不思議な体験を話す…。作者にとっては「蛇口」と同程度に不本意な出来だったらしいが、傍から見ていて面白いほどに不幸の階段を転げ落ちていく主人公の境遇、ラストで一気に理解不能の底知れなさを見せてくる和代さんのインパクトが強く、個人的には好きな一編。
「足」-独り者の私にとって、妹夫婦の家を訪れることは目下の楽しみのひとつだった。庭付きの家は子供のころに住んでいた借家を連想させた。思い出されるのは、しょっちゅう家を出入りしていた、母の妹の筆子おばさんのこと。泥酔した筆子おばさんんが事故死したあと、私は彼女の「足」を見たことがあった…。懐かしい家、家族、死者という小池真理子作品でおなじみのモチーフに加え、本書のあとがきで触れられている「作者が好んで描くテーマ」の作品でもある、オーソドックスな一編。
「ディオリッシモ」-仕事と生活に疲れ気味の毎日を送る悠子。過労で熱を出したまま電車に乗ってしまった彼女は、いつもとは異なる‟記憶の奥深くにある町”にたどり着いてしまう…。電車が異界への橋渡しになるという非常によくある話ながら、小道具のディオリッシモの使い方も含めて描写の巧みさが光る。本誌シリーズの中ではもっとも古い時代の作品。
「災厄の犬」-妻と娘たちがあの犬を飼い始めてから、小野寺貢の人生はついていないことばかり。勤める会社は左前になり、妻の実家の経済援助も見込めず、次女は事故に遭うわ、自殺の現場を見てしまうわ、家族中も険悪になっていくわ…。すべての原因はあの犬だと思い込んだ貢は、妻たちが外出している隙に犬を捨ててしまおうとするのだが…。「しゅるしゅる」とはまた違うテイストの‟不幸の連鎖”の物語だが、他の作品とは少々異なる雰囲気の奇妙な味わいが癖になる。
「親友」-死んだはずの親友・水原が、今夜も家にやって来た。世間話をし、妻の手料理を食べてビールを飲み、どこかへと帰っていく…。ショートショートと言っていいほどの短さながら圧倒的な不気味さ。個人的には前巻・今巻あわせた中でもいちばんの出来だと思う。
「青い夜の底」-シナリオライターを目指すも芽が出ず、亭主持ちの女と爛れた関係を続ける日々を送っていた男。渾身のシナリオも採用されず、あてどもなく寂れた商店街を歩いていた彼は、恋焦がれていた女と出会う…。これも筋立て自体はオーソドックスな話だが、甘く昏くじんわりと冷える語り口がやはり素晴らしい。
前巻に引き続いて好短編ぞろい。生と死のはざまをノスタルジックに描く心に染み入る作品もいいが、個人的には「親友」「災厄の犬」「しゅるしゅる」辺りのド直球ホラーも好みである。
★★★★(4.0)