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社会派ミステリ作家の自選集。やや時代は感じるが読みごたえはじゅうぶん-『枕に足音が聞える』

『枕に足音が聞える 自選恐怖小説集』

森村誠一/1998年/309ページ

霧の中に響く、腐れ橋を渡る妖しい足音……。罪に戦(おのの)く人間の脅えを映す表題作『枕に足音が聞える』をはじめ、家族の団欒に突如“寄生”した老婆の行動を覗く『連鎖寄生眷属』、暗黒の縦穴に落ちたサラリーマンを描いた『虫の土葬』、愛猫と愛犬を失った男と女の復讐劇の『魔犬』など、執着心の恐怖を感じる傑作ホラー短篇集。〈七つの恐い話〉

(裏表紙解説文より)

 

 リアリズムあふれるミステリを得意とする著者の自選集。恐怖小説とはいえ超自然的な要素は一切なく、サイコサスペンスの色合いが強い。

 

 「殺意の造型(ヘア)」-理髪店で転んだ客が理容師にぶつかってしまい、そのはずみで髭剃り中の客が頸動脈を切られて死亡する…という事故が起きる。あまりに出来過ぎた事故に不審なものを感じた捜査一係の宮下刑事は、独自の調査を開始する。死亡した仲谷は商品取引所のブローカーで、恨みを買っている可能性が高い。調査の結果、転んで理容師にぶつかった客・岡村の妻が仲谷の口車に乗って大損を出していたことがわかるのだが、事故当時の状況からはどう考えても「岡村が仲谷に殺意を持ってわざと転んだ」と証明することは不可能だった。意気消沈した宮下だが、事件に関わるもうひとりの人物に目をつける…。よくあるタイプの刑事ものかと思いきや、刑事と犯人の偏執合戦になる狂気の終盤がお見事。

 「連鎖寄生眷属」-大雨の晩、秋村家の前で苦しんでいた老婆・梨本ウメ。一家は身寄りのないウメを泊めて介抱してやるのだが、元気を取り戻したウメは家から出ていこうとせず、ずうずうしく居座ってしまう。追い出そうとしても法律を盾に居直るウメは、実は筋金入りの「上がり込み屋」だったのだ。横暴さを増していくウメの振る舞いに我慢がならなくなった一家は、彼女の殺害を企むのだが…。勝手に家に居ついてしまうパラサイトの恐怖を描く前半だけでも成立する話なのだが、後半のやや強引な展開はなんなんでしょうねこれは。

 「魔犬」-我が子のように溺愛していた飼い猫を、小生意気なカップルの運転する車に轢き殺されてしまった咲山。続けて妻をも失い、恨みを募らせる咲山だったが、なんと彼の勤める会社に猫を轢いた張本人・唐沢が入社してくる。唐沢が自分のことをまったく覚えていないことを知った咲山は復讐の計画を練り、高山市へ旅行に向かった唐沢とその妻を追う…。一方その頃。我が子のように溺愛している飼い犬が、小生意気なガキを噛み殺してしまった美保。彼女は愛犬を薬殺させまいと、犬を連れて高山市へと向かっていた…。ペットのために己ばかりか他人の命をも犠牲にする人間…というのは個人的にはそれほど「異常心理」だとは思わないのだが、まあ世間一般では許されない行為である。殺人者には必ず報いが与えられる森村誠一ワールド、因果なのかなんなのかよくわからないが、とにかく壮絶なラストが景気いい。

 「窓際の呪術」-定年間近の窓際族・細井は、己のストレスが爆発寸前までに高まっていることを自覚していた。膨れ上がる殺意を抑えるため、独学の「呪術」に凝りだした細井は、泥人形を作って気に食わない同期社員に呪いをかけるのだが…。最後にオマケのような謎解き要素があるプチミステリ。

 「虫の土葬」-23年間務めてきた会社を、不本意ながら「希望退職」で辞めざるを得なくなった上松。形ばかりのしらけた送別会で泥酔し、足取りもおぼつかないまま帰途についていた上松は、空き地の草原で足を滑らせ、10メートルくらいの縦穴に落ちてしまう。周囲に人の気配はなく、もちろん通信手段もない。都会のど真ん中で、上松は脱出不可能な事態に陥ってしまう…。いかにして穴から脱出するか? に主体を置けばワンアイデアのサスペンス小説になりそうだが、本作の場合は上松の内層心理を克明に描くことで、また別の「救いの無さ」を醸し出している。

 「妖獣の債務」-子供のころ、柿の木に登って降りられなくなっていたところを、村の厄介者の「ゴンちゃん」に助けてもらった高屋。足を滑らせた高屋とともに地面に落ちたゴンちゃんは、顔中の穴から血を出してピクリとも動かなくなっていた。あの日以降、自分の命は「借り物」だと考えるようになった高屋は、自分の人生の債務を返すため、囚人教誨師になろうと決意する…。夢をかなえて教誨師となった高屋の人生を綴る感動的な物語かと思いきや、最悪の結末を用意する意地の悪さ。恐怖小説集なんだからこうでなくっちゃ!

 「枕に足音が聞える」-自治体に新しい橋を造らせようと、老朽化した橋をダイナマイトで爆破した松山と若林。二人は即自首したのだが、爆発に巻き込まれて田口という男が死亡していた。田口の死はあくまで事故ということになり、松山と若林は執行猶予で済んだのだが、刑事の岡崎は「松山たちは故意に田口を殺害したのでは?」と疑念を抱く…。巻頭作「殺意の造詣」を同じスタイルのミステリで、あまりにあんまりな結末のテイストも似ている。「幽霊の誕生」というテーマに踏み込んでいるぶん、本作のほうがホラー寄りかもしれない。

 

 いずれの作品も「一般的なホラー」とはまた異なる味わいがあり、読みごたえはじゅうぶん。時代を感じる作風ではあるが、「妖獣の債務」辺りは今読んでも新鮮味があるしお気に入り。同作者の『魔少年』を気に入った人ならこちらも必読だろう。

★★★☆(3.5)

 

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