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強盗で人生逆転を狙う、日陰者の青年ふたり。惨く虚しい顛末を淡々と描く-『あの夜にあったこと』

『あの夜にあったこと』

大石圭/2012年/384ページ

21歳の優也は、幼なじみの啓太と共に派遣従業員として工場で働いている。異様な愛情を注いでくる母を拒絶しきれない優也。金持ちに敵愾心を抱く父に育てられた啓太。鬱屈した思いを抱えた2人は、裕福な院長夫妻と美しい娘が暮らす「山下医院」の豪邸に、強盗に入ることを計画。だがはずみで家政婦を殺してしまったことから、2人の行動は徐々に歯止めがきかなくなっていく…!あの夜何が起こったのか。戦慄のサスペンス。

(「BOOK」データベースより)

 

 同じ団地育ちで幼馴染みの名取啓太と浜口優也。貧困にあえいでいた2人は、いっしょに勤めていた工場をクビにされたことをきっかけに、金庫に1億円以上の現金を隠しているという「山下医院」の豪邸に強盗に入ることを計画する。

 啓太は父親譲りの‟富裕層への憎悪”を募らせていた。おとなしく気が弱い優太に荒事を任せられるかは不安だったが、頭の中で何度もシミュレーションは済ませている。家政婦が帰ったあとを狙って山下医院に向かい、院長の妻か娘を人質にして金庫を開けさせるだけの簡単な仕事。たった数十分で、人生を逆転できるだけの金が手に入る。完璧な計画だ。

 そして迎えた決行の日。啓太も優太も知らなかったのだ。仕事の長引いた家政婦が、まだ家に残っていたことを。包丁を突きつけても、相手が素直におとなしくなるわけではないということを。その日、院長の娘が空手部所属で筋骨隆々の恋人を呼んでいたことを。追い詰められた人間が、必死で反撃してくるということを…。

 

 無軌道な若者の、浅はかでつまらない強盗事件の顛末を描く「だけ」の物語である。前半では啓太と優也の生い立ちがじっくり描かれるだけでなく、年若い愛人を囲う山下医師、その夫に事実上の離婚を叩きつけられている妻、冷え切った両親の仲を案ずる娘、波乱万丈の一生を送りつつも山下家に身を落ち着けることになった家政婦といった、あらゆるキャラクターの生涯と人となりが事細かに説明される。ここは少々くどくもあるが「溜め」の部分であり、山下家で起きた惨劇を語る後半部になると一気にテンポアップする。第一部の冒頭で啓太と優也がどういう結末を迎えるかはすでに暗示されているため、読者はただただ昏い気持ちでページをめくり続けるしかない。すべてが最悪の方向に転がり、抗いもがきつつも飲み込まれていくだけの人生。その終わりには何もない。ひたすらドライな展開の中で、優也と母親の近親相姦シーンだけが妙にウェッティなのだが、正直あれは異常過ぎてちょっと本作のテーマから離れているような印象を受けた。作者らしいと言えばらしいのだが。

★★★(3.0)

 

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