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SF、伝奇、サスペンス、時代物、中国史…幅広いスタイルで恐怖を描く佳品ぞろい-『したたるものにつけられて』

『したたるものにつけられて 自選恐怖小説集』

小林恭二/2001年/237ページ

ふとした出会いから日常が歪み、狂いゆく過程を静かに追う表題作「したたるものにつけられて」。ほか、伝説の女形・沢村田之助の鬼気迫る恋物語「田之助の恋」、世界の終末を描くSF調短編「星空」などを収録。多彩なスタイルで、凄絶なる人間存在を浮き彫りにする魂の小説集。

(「BOOK」データベースより)

 

 解説文にある「多彩なスタイル」という文言は伊達ではなく、幻想、サスペンス、伝奇、SF、時代小説とバラエティ豊かな9編が収められている。ホラーらしいホラーとはまた異なる味わいがある佳品ぞろい。

 「悲歌」-とある男性の休日を、一人称で日記のようにだらだら描いていく妙な作品。何気ない日常かと思いきや、バス内でのトラブル、群れをなすカラス、死者を撮りたがる女としだいに不穏な雰囲気が満ちていき…。現実と非現実の狭間で、死んだように生きる都会人を皮肉った一編。「走る女」「したたるものにつけられて」-共通点の多い2作品で、前者は追われることでしかエクスタシーを感じない女、後者は写真を撮ることのみに執念を燃やす女と、それぞれ深い仲になった男の困惑、そして破滅への予感を描いたサイコサスペンス。「星空」-もうすぐ訪れる世界の破滅。最後の夜を迎える、市井の人々の数時間を描いたオムニバス。SFではよくあるテーマながら読み応えのある短編。「流れる」-時は江戸の世。その村では、川の上流からなぜか死体がたびたび流れ着くようになった。妊婦、全裸で縛り上げられた僧侶たち、異様に頭の大きい赤ん坊、派手な着物の女、数十人のバラバラ死体、身の丈六尺の大女…。いったい川の上流では何が起きているのか。ただ事ではない様相を感じ取った庄屋だが、村人には死体を密かに埋葬するように、と伝えることしかできなかった。だが流れ着く死体は止むことがなく…。異様なシチュエーションが狂気を育んでいく過程の描き方が見事。「田之助の恋」「葺屋町綺談」-実在の歌舞伎役者を題材に取ったホラー。この世ならざる存在に恋焦がれ、文字通りその身がボロボロになることも厭わなかった澤村田之助。常に話題の役者であり続けるため、狂気にも近い執念を燃やす水木市之助。題材は近くともまったく異なる構造の2作品であるが、彼らの人並外れた妄執には恐怖を通り越して純粋な驚嘆しか覚えない。「東昏侯まで」-古代中国、南朝の皇帝たちによる血塗られた歴史。臣下や民はおろか、親兄弟でも躊躇なく殺戮する暗君たちの人格はいかにして形成されたのか?  「ゴブリン」-世界を壊したい、という欲求を持つ人間の前に現れ、その願いを叶える悪鬼ゴブリン。だが新たな依頼人は、世界という定義すらあやふやな男で…。「悲歌」と同じく、現代人への皮肉に満ちた寓話。

 どれも面白く読めたが、「悲歌」「星空」「葺屋町綺談」辺りは特に自分好みで、「流れる」は傑作であった。作者の短編をもっと読みたくなってくる。

★★★★(4.0)

 

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