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風刺に妖怪、海外小説。水木入門として悪くない1冊-『畏悦録 ~水木しげるの世界~』

『畏悦録 ~水木しげるの世界~ ホラーコミック傑作選 第2集』

水木しげる/1994年/361ページ

霊界の女に魅入られた男の不気味な恋の行方を描く、「終電車の女」。吸血鬼にあこがれる少年の悲劇的な結末を描いた「血太郎奇談」。

猥雑な人間界に対する鋭い警句に満ちた‟畏”れおおくも‟悦”ばしい十三の中・短編を厳選、妖しい魅力が冴えわたる水木ワールドの決定版!!

(解説 三浦俊彦)

(裏表紙解説文より)

 

 水木しげるの傑作短編・中編13作品を収録。妖怪モノはもちろん、現代社会の歪みを風刺的に描いたもの、人間の狂気をストレートに扱ったもの、海外小説の翻案などバリエーション豊かな内容である。鬼太郎以外の水木しげる入門編としてはなかなか充実しているのではなかろうか。

 

 第一章「怪奇譚」。「終電車の女」-売れない漫画家の山本は、古い薬を飲んだことで「見えないはずの女」が見えるようになってしまう。自分を見ることができる人間が現れたことに歓喜した女は、盗んできた札束や美術品を貢いだりして山本に尽くすのだが、友人の赤鼻や心霊研究家の椿博士は女を危険視し、2人を別れさせようとする…。人間ならざる相手との恋という王道のテーマながら、女のやらかす悪事が妙に可愛らしく、シチュエーション自体はホラーなのにあまり怖さを感じさせない。「猫又」-ばけ猫が棲むと噂される無人島で遭難してしまった男は、空腹から島にいた猫を殺して食べてしまう。その日から、彼の身体には猫の頭が生えてくるようになり…。水木しげるらしい新解釈のばけ猫話。「墓守虫」-生命保険金をだまし取るため、妻を仮死状態にした薬屋。だが彼は妻が隠していた、人肉を食べるという墓守虫を見つけ出してしまい…。シンプルな筋立てながらも、墓守虫の気色悪さがピリリと効いている因果応報譚。「血太郎奇談」-吸血鬼にあこがれる少年・血太郎。ドラキュラの小説を熟読し、国語の作文には吸血願望を延々と書き連ね、ついには動物園の吸血コウモリを盗み出して自分の血を吸わせようとするのだが…。リチャード・マシスンの「血の末裔」という小説そのまんまであり、単行本によってはちゃんと「血の末裔」が原作である旨が書かれている。

 第二章「狂気譚」。「大人物」-死者を蘇らせる研究をしている男が、どうせなら大人物を蘇らせて金儲けを…と企む。そして男は西郷隆盛を蘇らせるのだが、やることなすこと豪快過ぎる西郷はまったく思い通りにならず…。「一番病」-江戸一番のカンオケ屋としてのプライドを持つ男・徳兵衛の、カンオケに対する異様な執着を描く短編(徳兵衛のモデルは手塚治虫という説もアリ)。「暑い日」-W・F・ハーヴィーの短編「炎天」のオマージュ作品。というか丸パクリであるが、ラストの一コマがあまりに素晴らしく、漫画ならではの強みを100%発揮している。「霊形手術」-整形手術への警鐘を鳴らしているのだろうが、鬼太郎でおなじみ「ひとだまの天ぷら」がすべての興味を持っていく変な話。「木枯し」-おじさんの家に泊まった少年は、誰かが泣き叫んでいるかのような気味の悪い風の音を聞く。おじさんには財産のために妻を殺害したという噂が立っており…。作中で言及されている小説はF・M・クロフォードの「泣き叫ぶどくろ」。水木はこの小説を翻案した「鉛」という作品も貸本時代に描いている。

 第三章「幻想譚」。「天国」-原始の時代。土を食べて土器やランプなどをもたらす、ブンメイという神様がとある集落に現れる。人々はブンメイの恵みを得るため毎日働くようになるのだが…。「ヘンラヘラヘラ」-公害病になり、薬漬けになって死んだ少年のタンコブから、ヘンラヘラヘラと笑う不死身の新生物が現れた。この世紀の発見に首相は「これも国民を公害で苛め抜いたおかげ」と大演説、製薬会社も「公害病患者をたくさん作って薬を浴びるほど飲ませれば大儲けだ」とホクホク顔…。自ら犠牲となり、愚かな人間を罰したヘンラヘラヘラは実に水木しげるらしい救世主像に思える。「コケカキイキイ」-今まさに死にゆく老婆、猫、胎児、シラミの夫婦の生への執着からコケカキイキイが誕生した。田舎の村で神さまとして祀られていたコケカキイキイは、人々の欲望が渦巻く大都会・東京へと赴く。金持ちを追い払い、貧乏人に住処を与えるコケカキイキイは市井の人々の支持を得はじめるのだった。「最初の米」-『縄文少年ヨギ』の基になった短編。人々の飢えを癒すという白い草の実、「米」を手に入れるため、身寄りのない少年・ヨギとモギが旅に出る。だが米があるという村は、亡者たちが支配する黄泉の国だったのだ…。縄文時代を舞台にしたファンタジーで、とぼけたユーモアの無いシビアな雰囲気が本書の中ではかえって新鮮である。

 

 「ホラーコミック傑作選」の第2集は実はもう1冊、『闇の画廊』がある。本書以外のホラーコミック傑作選はすべてアンソロジーなため、向こうのほうが正しい第2集と考えてよさそうだ。

★★★☆(3.5)

 

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