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愉しませる以上に怖がらせることに注力した、本格志向のホラーが揃う!-『影牢 現代ホラー小説傑作集』

『影牢 現代ホラー小説傑作集』

朝宮運河(編)/2023年/336ページ

ホラー界をリードする作家らの代表作ばかりを収録したオールタイムベスト

『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』と対をなす傑作ホラー短編8選。大都会の暗い水の不気味さを描く鈴木光司の「浮遊する水」。ある商家の崩壊を
陰惨に語る宮部みゆきの時代怪談「影牢」。美しく幻想的な恐怖を描く小池真理子の不気味な地下室が舞台の「山荘奇譚」。記憶の不確かさと蠱惑的世界を
描いた綾辻行人の「バースデー・プレゼント」など、ホラー界の実力派作家によるオールタイムベスト! 解説・朝宮運河
【収録作】鈴木光司「浮遊する水」(『仄暗い水の底から』角川ホラー文庫
坂東眞砂子「猿祈願」(『屍の聲』集英社文庫
宮部みゆき「影牢」(『あやし』
三津田信三「集まった四人」(『怪談のテープ起こし』集英社文庫
小池真理子「山荘奇譚」(『異形のものたち』角川ホラー文庫
綾辻行人「バースデー・プレゼント」(『眼球綺譚』角川文庫
加門七海「迷(まよ)い子」(『美しい家』光文社文庫
有栖川有栖「赤い月、廃駅の上に」(『赤い月、廃駅の上に』

(Amazon解説文より)

 

 角川ホラー文庫30周年を記念し、同文庫が創刊された1993年以降に発表されたホラー短編を収録したアンソロジー。姉妹編として『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』が発売されている。

 発表時期によって選出されたアンソロジーであり、中身はバラエティに富んでいるぶん統一性が薄い…とはじめは思っていたのだが、全編読み終えると本当に「怖い」作品が多いことに気づく。エンタメ性ももちろんあるのだが、それよりもホラーが本来持つ恐怖成分のほうが上回っているような作品ばかりである。ちょっと容赦なさ過ぎな気もするが、刺激の欲しい読者にはうってつけの1冊。

 

 鈴木光司「浮遊する水」-幼い娘と2人、寂れたマンションで暮らす淑美はある日、屋上に捨てられた赤いおもちゃのバッグを見つける。バッグはとうの昔に引っ越した家族の、行方不明になったという女の子の持ち物らしかったが…。『仄暗い水の底から』収録の一編で、怪異そのものをあえて描かないという手法は同作品集の「夢の島クルーズ」に通じるものがあるが、これがまた怖い。シングルマザーとして都会に暮らす淑美が湛えた、深い孤独と不安を読者とシンクロさせる手腕が見事。

 坂東眞砂子「猿祈願」-不倫相手だった巧と晴れて結婚することになり、子供も授かった里美は巧とともに彼の実家へと向かっていた。巧の母が働いているという大きな観音霊場で、老女から「のぼり猿」という安産祈願の風習について教えてもらった里美は、この老女こそ巧の母ではないかと考えたが、実際は…。ホラーではおなじみの土着信仰ネタに加えて、これもまた母親、あるいは母親になる女性の不安と孤独を念入に描いた作品だ。

 宮部みゆき「影牢」-先代の大旦那が一代で興した商家・岡田屋。その屋敷内に作られた座敷牢には大旦那のおかみ・お多津が閉じ込められていた。放蕩者で女遊びの激しい二代目の市兵衛は、これまた男癖の悪い若妻・お夏の言うままに、邪魔な母親を監禁していたのだ。そしてお多津は誰にも知られぬまま息絶え、岡田屋にも惨劇が起こる…。情という概念のない身勝手な人間の怖さが執拗に描かれており、最後に意外な真相が明かされるもののまるでスッキリしない陰惨な作品。

 三津田信三「集まった四人」-バイトの先輩・岳にハイキングに誘われた勝也だったが、当の岳本人が来られなくなってしまう。同じく岳に呼ばれた初対面の3人と、やや気まずい思いをしながらも山頂を目指す勝也。だが岳からの不審なメールを皮切りに、奇怪な出来事が起き続け…。いわゆる実話怪談の構成で「山の怪異」を語る一編。最後はやや蛇足な気はするものの、意味が分かりそうで分からない、絶妙な怪異の連続が印象深い。

 小池真理子「山荘奇譚」-テレビ番組の制作会社を経営する滝田は、偶然立ち寄った山奥の旅館で、女将から幽霊が出る地下室の話を聞く。後輩のテレビ局ディレクターから心霊番組のネタについて相談されていた滝田は、当の旅館を紹介するのだが…。シンプルな筋立てながら語り口が素晴らしく、不気味極まりない地下室の描写とラストに現れる怪異は相当に怖い。

 綾辻行人「バースデー・プレゼント」-『見知らぬ私』にも収録されていたクリスマスイブ怪談。12月24日の誕生日の夜、恋人をナイフで刺殺する夢を見てしまった「わたし」は、夢の記憶に悩まされつつも誕生日のパーティ会場に向かう。そこで手渡されたプレゼントは、思いもよらないものだった…。不鮮明な記憶、非現実的な展開がすべてを曖昧とした幻想へと導くシュールなホラー。最期に訪れるのは間違いのない現実。

 加門七海「迷(まよ)い子」-久方ぶりに妻と皇居観光へと向かう屋久島老人。日本橋側の「迷子のしらせ石」を過ぎ、東京駅地下を通り、そして大手門を前にして、屋久島は「俺はこんな場所は知らない!」と初めて気づく。彼の記憶の風景は、戦時中の昭和二十五年へと…。これもまた記憶と自己の曖昧さから来る恐怖を描く作品。作中で語られる東京の史跡と歴史が、無数の“迷い子”たちの存在を読者に訴えかけてくる。

 有栖川有栖「赤い月、廃駅の上に」-高校を休学し、自転車で一人旅に出かけた少年。とある廃駅でフリーライターの男・佐光と出会い、2人で駅構内に寝泊まりすることになる。佐光の「鉄道忌避伝説」の話などを聞いているうちに夜は更け、ふと空を見上げれば真っ赤な月が。この地方では、赤い月が出る晩は「よろしくないもの」が来るので家の外に出てはいけないのだという…。クライマックスのあまりに生々しい描写が、直球ストレートの恐怖をぶつけてくる。本書の中で個人的に最も気に入った一作。

★★★★(4.0)

 

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