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著者らしいファンタジックなホラーに加え、ショートショートにSF、実話怪談と幅広く収録-『白昼夢の森の少女』

『白昼夢の森の少女』

恒川光太郎/2022年/336ページ

異才が10年の間に書き紡いだ、危うい魅力に満ちた10の白昼夢。人間の身体を侵食していく植物が町を覆い尽くしたその先とは(「白昼夢の森の少女」)。巨大な船に乗り込んだ者は、歳をとらず、時空を超えて永遠に旅をするという(「銀の船」)。この作家の想像力に限界は無い。恐怖と歓喜、自由と哀切―小説の魅力が詰まった傑作短編集。

(「BOOK」データベースより)

 

 いろいろな媒体で発表された短編を集めた、バラエティに富む一冊。「あとがき」ではそれぞれの作品の解説や執筆経緯が書かれており、こちらも必読である。

 

 「古入道きたりて」-渓谷で釣りをした帰り、雨に降られた男は小さな山小屋を発見。親切な老婆の世話になり、山小屋で一泊することになった。夜中に目を覚ました男が窓の外をふと見やると、山を跨ぐほどの巨人が音もなく歩いていた…。オーソドックスな山の怪談かと思いきや、舞台は意外な場所へと移る。『和菓子のアンソロジー』というユニークなテーマのアンソロジーに収録された、短編ながら広がりを感じる一作。

 「焼け野原コンティニュー」-天から降臨した‟プラズマドラゴン”の襲撃で世界は滅びた。焼け野原をひとり歩く、記憶を失った男・マダさん。彼は力尽きてもその場で蘇り、人生をコンティニューできるのだった…。ディストピアSFであると同時に寓話のような味わいで、ぶつ切りのようなラストが余韻を残す。

 「白昼夢の森の少女」-突如、謎の植物が人々を同化し、街を飲み込んだ。森と一体化した人々は「緑人」と呼ばれるようになり、意識を共有しつつ過ごしていたが、行き場を無くした犯罪者がむりやり彼らと同化したことで、平穏な暮らしが破られてしまい…。

 「銀の船」-角川ホラー文庫20周年記念アンソロジー『二十の悪夢』収録作。20歳以下の人間しか乗ることができないという銀の船。街ひとつほどの大きさがあるこの船の乗員は、永遠の命を与えられていた…。表題作と本作は「これぞ恒川光太郎」といった味わいのホラーファンタジー。端的に言えば「平凡な暮らしに飽き、別世界を望む人々がシビアな現実を知る」という構成だが、それでもなお輝きと魅力を失わないのが、恒川光太郎の描く別世界である。

 「海辺の別荘で」-島の別荘で暮らす男と、「椰子の実から産まれた」と主張する変わり者の女との出会いと別れの話。ごく短い枚数に詰まった深い世界観と人生観に唸らされる。

 「オレンジボール」-ビッグイシュー掲載のショートショート。朝起きたらオレンジのボールになっていた男の話で、これも変身と別れと出会いの掌編。シュールで洒脱な味わい。

 「傀儡の路地」-人々を操る怪異・ドールジェンヌ。彼女の持つ人形が下す命令には、絶対に逆らうことができない。見知らぬ人を殴ったり、食べきれもしない大盛りを注文したり、興味もない相手と結婚させられたり…。神出鬼没のドールジェンヌに悩まされる人々は‟被害者の会”を設立するが、当然ながらその会合にもドールジェンヌが出現するのだった。勝手な行動を取らされたあげく、警察沙汰になる主人公がリアルかつ胸糞。

 「平成最後のおとしあな」-受話器を取ると、「もうすぐ終わりを迎える平成についてアンケートを取っている」という妙な相手が出た。「平成のスピリット」を名乗る相手は「あなたにとって平成最大の事件は?」「昭和と平成にそれぞれキャッチフレーズを付けるとしたら?」などと質問してきたが、‟私”の境遇はそんな質問に答えている場合ではなかったのだ…。2つの妙なエピソードが無理矢理に交わるヘンな話。

 「布団窟」-幼き日の布団にまつわる奇妙な思い出を描く実話怪談。上も下もわからなくなるほどに、たくさんの布団にくるまれて……という、ノスタルジックなポイントの突き方が相変わらず巧い。

 「夕闇地蔵」-地蔵のもとに捨てられていた地蔵助は、他人とは違う「物の見え方」をしていた。目の不自由な彼の視界には第二の層があり、そこでは人々の生命が炎のようにギラギラと輝いて見えるのだった。森で迷子になった子供たちを第二の視界で難なく見つけだした地蔵助は、村人たちから本当のお地蔵様のように扱われるようになる。そして地蔵助の視界には、青くぼうっと光る‟雨蛇さま”が映るようになり…。なんだか設定がガチャガチャした話だが、言わば「妖怪ミステリ」である。

 「ある春の目隠し」-文庫版書きおろし。著者の若き日の‟目隠し”の思い出を語る掌編。著者によれば「布団窟」が現時点で書いた唯一の実話怪談とのことだったが、これも実話怪談っぽい話ではある。

 

 著者の他の短編集ではあまり見られない掌編はいずれもキレがあり、印象深い。ホラーらしいホラーもあるが、個人的にはやはりファンタジックな広がりを感じさせる「古入道きたりて」「白昼夢の森の少女」「銀の船」辺りが特に好み。

★★★★☆(4.5)

 

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