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芥川、鴎外、太宰、漱石…「現代ホラー」と呼んでいいのか悩む文豪揃いのアンソロジー-『森の聲』

『森の聲 現代ホラー傑作選第5集』

内田康夫(編)/1995年/290ページ

数々の名作を生んだ十一人の巨匠が、混迷の時代に神火を灯す森羅万象の世界。
収録作品
芥川龍之介「妖婆」
石川淳「灰色のマント」
泉鏡花「化鳥」
折口信夫「神の嫁」
川端康成「片腕」
小泉八雲「青柳のはなし」
佐藤春夫「海辺の望楼にて」
太宰治「魚服記」
中原中也「骨」
夏目漱石「夢十夜」
森鴎外「心中」

(裏表紙解説文より)

 大正から昭和初期に活躍した文豪たちの怪奇作品を集めた、錚々たるメンバーのアンソロジー。夏目漱石の「夢十夜」だの中原中也の「骨」だの、国語の教科書かと思うようなラインナップで、角川ホラー文庫のレーベル全体でもなかなかお目にかかれないコンセプトではある。正直なところ、現代文学ではあるとは言え「現代ホラー」と冠するアンソロジーの雰囲気ではない気はするが。

 芥川龍之介「妖婆」は物語としてはたわいない内容ではあるが(ババアが雷に打たれて死ぬ結末はずいぶん呆気ない)、町中でふと妖婆の視線を感じるシーンの気味悪さは流石だと思う。ビールのグラスに映る人影、微動だにしない吊革といったさりげない描写が不穏を募らせる。折口信夫「神の嫁」は『死者の書』の基になったという未完の作品で、正直この作品だけではどうにも判断しづらい。

 戦争時のあやまちが過去の自分の姿を持って追いかけてくる石川淳「灰色のマント」、女性から片腕を借りた男がその腕と共に一晩過ごす…という妙ななまめかしさがある川端康成「片腕」、少女の自我と父親への反抗の芽生え、その最期を描く太宰治「魚服記」などは今現代の読者にもわかりやすい怪奇幻想小説になっている。

 泉鏡花「化鳥」は本書の白眉で、橋のたもとの小屋で母親と暮らす少年の毎日が、みずみずしい一人称視点で描かれる。独特の口語体で語られる彼の毎日は、優しい母親や橋を行きかう人々、動物や鳥たちに彩られており飽きることが無い。そして彼の中では、獣と人の境目はあいまいな状態で…。解説で内田康夫が述べる通り、この作品自体があいまいさとあやうさを抱えており、解釈は人によって分かれるだろうが、このあまりに幻想的かつ日常的な世界には惹かれるものがある。

★★★(3.0)

 

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