角川ホラー文庫全部読む

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統一感は無いもののクオリティは一定以上。短編欲は満たしてくれる一冊-『見知らぬ私』

『見知らぬ私』

綾辻行人、鎌田敏夫、鷺沢萠、篠田節子、清水義範、高橋克彦、松本侑子、森真沙子/1994年/230ページ

私は誰? まだ知らぬ私の扉が、ゆっくりと開かれていく…。人間にとってもっとも不思議な自分自身。その胸の奥底を揺さぶり、うち震わす、本格ホラー・アンソロジー。単行本未収録。

(Amazon解説文より)

 

 角川ホラー文庫初期のアンソロジーではよくあることだが、別段タイトルの「見知らぬ私」がテーマというわけではなく、上記の解説文も内容とはほぼ無関係。「野生時代」誌掲載の短編が集められており、各作品には異なるイラストレーターの挿絵が付いているが、個人的には少々蛇足な気もした。今現在でも単行本未収録の作品も収められており、そういう意味では価値のある一冊かもしれない。

 

 綾辻行人「バースデー・プレゼント」-12月24日の夜。この日、クリスマスイヴが誕生日の主人公は、恋人を刺殺するというショッキングな昨夜の夢の記憶に悩まされつつもパーティ会場へ向かう。滞りなく進むパーティだったが、受け取ったバースデー・プレゼントは不可解極まりないもので…。混濁する記憶、繰り広げられるシュールな光景がラストの惨劇へとつながっていく様が厭ぁな話。鎌田敏夫「会いたい」-男の留守番電話に連日吹き込まれる、沢田知可子の「会いたい」の一節。これは別れた女からのメッセージなのか? 全編に歌詞が使われまくっている歌謡怪談。

 鷺沢萠「雨が止むまで」-不動産屋のオヤジに、自分が所有している建物に幽霊が出る噂がある…という苦情を持ち込んだオーナーが体験する恐怖の一幕。馴れ馴れしくも胡散臭いオヤジの語り口調がどこかじっとり感を漂わせる。篠田節子「陽炎」-音大で民族音楽を専攻している真理は、とある町の祭りの囃子の練習風景で衝撃を受ける。町役場に勤める冴えない男が奏でる篠笛の、あまりにも圧倒的な表現力。とてつもない才能の持ち主がその自覚もなさげに素晴らしい演奏をする様を見て真理は嫉妬し、恐れ、笑い、そして憧れた。だが、祭りを前にして男は自ら川に身を投げて溺死してしまう…。本書の白眉ともいえる芸術怪談で、はっきりとは示されない何者かの存在が美しくも不気味。

 清水義範「トンネル」-マイホームから会社まで長距離通勤している男。電車がトンネルに入った時にふと窓の外を目をやると、トンネルの壁のくぼみ部分で誰かがこたつに入っているのが見えた。いったい誰が何故、あんな場所で暮らしているのか? ユニークな導入から綺麗にオチが決まる、どこか切ない快作。高橋克彦「幽霊屋敷」-最愛の娘を事故で亡くした父親。娘が住んでいた家が近所で有名な幽霊屋敷となっていることを知った父は、娘に一目会うため家の中に足を踏み入れる…。ありそうで意外と無いシチュエーションである。短編ながら見せ場は多く、幽霊屋敷モノのアンソロジーに入れたい佳品。

 松本侑子「晩夏の台風」-恋人を偲ぶ女性の話で、最後に無自覚な殺意が明らかになるという構成だが、これをサイコホラーとして読むには少々弱い。森真沙子「水の中の放課後」-水泳部の先輩を慕う女子高生が主人公の学園もの。水を忌み嫌うと同時に水に惹かれていた少女を巡る、そこかしこの幻想的なモチーフが印象的な一品。

 統一感はないもののクオリティは一定以上。個人的ベスト3は「陽炎」「トンネル」「幽霊屋敷」。

★★★(3.0)

 

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