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愛に狂わされつつも、純愛を貫き通した人々が辿る奇妙な運命-『愛の怪談』

『愛の怪談 現代ホラー傑作選第7集』

高橋克彦(編)/1999年/273ページ

歪んだ愛がこの世に産み落とした恐怖――。怪奇と幻想に潜む人間の“愛”に光を当てた異色のホラー傑作選。
三橋一夫「駒形通り」
香山滋「木乃伊の恋」
城昌幸「道化役」
梶尾真治「玲子の箱宇宙」
澁澤龍彦「ダイダロス」
赤江瀑「金襴抄」
都築道夫「はだか川心中」
式貴士「われても末に」
戸川昌子「ウルフなんか怖くない」
高橋克彦「妻を愛す」

(裏表紙解説文より)

 

 「現代ホラー傑作選」最後の1冊。上記の解説には「歪んだ愛が~」云々と書かれているが、恋愛ホラーと聞いて連想するようなサイコホラーは本書にはほとんど収録されていない。いずれも歪んだ愛どころか純愛であり、愛に運命を狂わされつつも、愛を貫き通した人々の奇妙な物語である。シンプルながら『愛の怪談』はベストなタイトルだと思う。

 「駒形通り」は、会社帰りに平安時代は武蔵の国に迷い込んでしまったサラリーマンの時空を越えた愛の話。「木乃伊の恋」は、ファラオのミイラを前にしてイスラエルの奴隷だった前世を思い出す女の話。特撮ドラマ『怪奇劇場アンバランス』に同じタイトルの話があったが全然関係ないようだ。壮大な前世のめぐりあわせが、いかにも現代的な痴情のもつれによる犯罪によって断ち切られる皮肉。「道化役」はスーパーナチュラルな要素が一切ないショートミステリ。「玲子の箱宇宙」は、箱に収められた宇宙の模型に慰めを見出す孤独な主婦の話。細かいことは気にしない導入、ダイナミックな結末は「よきSF」といった雰囲気。

 「ダイダロス」は源実朝の渡宋計画(最近『鎌倉殿の13人』でも放映されていたエピソード)で建設された、海に出ることのなかった大船の話。将軍家のための御座所に掛けられた縫物の美女が、来ることの無い実朝を待ち続け、蟹と化した陳和卿(船の建造者)と邂逅する…という、奇妙で一方的な愛の物語が語られる。「金襴抄」は、女手ひとつで戦後の厳しい世の中を生き抜いた女性と、痴呆者と化した彼女の息子を巡るあまりに悲しい親子愛の物語。賢い子供であった長男・映夫は、卵を盗み喰いしたため鶏の飼い主に暴行され、以降は呆けたように無口になってしまった。しかし映夫は、異様な集中力と手さばきによってどんな着物でも縫いこなす特技を持っていた…。「ちょっといい話」かと思いきや、あまりに残酷なラストの突き落としっぷりが衝撃的。「はだか川心中」は、温泉地を訪れるも邪険に扱われてしまう男女の話。話しかけてもまともに会話できず、宿にも泊まれない彼らはなぜ冷たく扱われるのかと訴えるが、人々は「お前たち、去年ここで無理心中したじゃねえか」と告げる…。幽霊モノとはまたちょっと異なる、都築道夫らしい捻ったショートショート。

 「われても末に」は、未来の世界の少女とひと時の逢瀬を楽しんでいた少年の話。不思議な門を通って未来世界でのデートを楽しむ少年だが、彼女との別れは唐突に訪れて…。ラスト、なんだかいい話風に締めているが考えてみれば相当に悲惨でもあり歪でもあり、どういう感情になればいいのか自分に自信が持てなくなる妙なSFである。「ウルフなんか怖くない」は小人症の妻を持った男の愛と敗北の物語で、俗な言い方をすれば「ネトラレもの」の傑作。「愛する人」は時にみじめであり、卑しくもあり、物悲しいものであるということをこれでもかと叩き込まれたような気分にさせられる。「妻を愛す」は結婚20周年の旅先で、自分がすでに死んでしまっているはずのパラレルワールドに迷い込んだ夫の話。SFと心霊が融合した、本書の中ではもっとも怪談っぽい一編である。

 「金襴抄」「ウルフなんか怖くない」が突出しているが、さすがクオリティの高い作品が揃っている。このアンソロジーシリーズはハズレが無く、新しい作品との出会いも多かったので大満足でした。

★★★★(4.0)

 

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