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怪奇や恐怖ではなく“奇妙”な味の短編を揃えた名アンソロジー。文豪たちの意外な作品も-『奇妙な味の菜館』

『奇妙な味の菜館 現代ホラー傑作選第6集』

阿刀田高(編)/1996年/395ページ

こってりとした奇妙な味わい。逸品揃いの恐怖のメニューを、とくとご賞味あれ。
収録作品
志賀直哉「剃刀」
芥川龍之介「さまよえる猶太人」
横溝正史「あかずの間」
結城昌治「惨事」
中島敦「名人伝」
岡本綺堂「木曽の旅人」
海野十三「振動魔」
小酒井不木「メヂューサの首」
中村真一郎「救いを求める声」
大下宇陀児「毒」
久生十蘭「湖畔」
夢野久作「いなか、の、じけん(抄)」
川端康成「金糸雀・死顔の出来事・足袋」
阿刀田高「ホームタウン」
夏目漱石「倫敦塔」

(裏表紙解説文より)

 

 前巻『森の聲』と同じく、文豪たちの名前が並ぶホラーアンソロジー。時代がかっているのは夏目漱石くらいで、その他の作品は現代の読者にも読みやすいだろう。あとがきでは編者による全作品の解説つき。

 志賀直哉「剃刀」は緊迫感漂うサイコサスペンス。床屋、剃刀、具合の悪い店主と来ればもう何が起きるかは明白だが、このじっとりとした耐えがたい雰囲気は流石である。山上たつひこの漫画『中春こまわり君』では本作が事件を解く鍵となるミステリ回がある。芥川龍之介「さまよえる猶太人」は、有名なさまよえるユダヤ人の伝説についての疑問とその解答を記したエッセイ風の珍品。横溝正史「あかずの間」はかなり小粒なジュブナイル短編。これの収録に関しては編者も「異論があるかもしれない」と書いているが。

 結城昌治「惨事」は、少女時代にトラウマを抱えた女性が結果的に大惨事を引き起こしてしまう…という厭な逸品。なんの落ち度もない彼女に対しての周囲の反応がリアルかつ絶望的である。中島敦「名人伝」は弓の技術を磨いて磨いて磨きまくった結果、常人には理解できない域に達してしまったとある男の話であり、これぞ奇妙な味といった感がある。岡本綺堂「木曽の旅人」は、猟師の父子が暮らす山小屋を訪れた、どことなく不穏な旅人を迎えての一夜を描く。海野十三「振動魔」は、浮気相手に子供を堕ろさせるため、振動を起こす装置の利用を企む男の話。完璧なはずの計画だったが、やはり悪事はうまくいかないもので…。小酒井不木「メヂューサの首」はとある医師が話す奇妙な体験談。肝硬変患者の腹部には静脈がへそを中心に浮かび上がる、俗にメヂューサの首と呼ばれる症候が見られる。だが語り手の医師が診察した女性患者は「自分はメヂューサを妊娠したのだ」と医師に訴えかけるのだった…。中村真一郎「救いを求める声」は、昔別れた女性の声に導かれるように彼女のの行く末を探し求める男の話。結末自体はよくある話であり超自然要素も無いのだが、文章力のおかげかたいへん読み応えがある。大下宇陀児「毒」はかくれんぼ遊びをきっかけにとある恐ろしい企みを解決してしまうという、幼い兄妹の視点で書かれたミステリ。

 久生十蘭「湖畔」は愛を知らない冷たい男が最愛の妻を手に掛け、さらに奇妙な運命としか言いようがない予想外の結末を迎える。編者が「初めの二行と最後の三行だけでも、小説家の手腕を感じてしまう」と絶賛する傑作。夢野久作「いなか、の、じけん」は事件未満の出来事をも含めた文字通りの田舎の事件を描いた超短編群で、全20編から11編を収録。川端康成は短編122編がぎっしり詰まった『掌の小説』から3編、「金糸雀・死顔の出来事・足袋」が選出されている。選者・阿刀田高の「ホームタウン」は都会の蒸発事件をネタにした短編で、オチの切れの良さは匠の域。夏目漱石「倫敦塔」は、作者が留学中に見物したロンドン塔の情景を幻想と空想を交えて描く小品。

 長くても50ページに満たない短編ばかりで読みやすく、各作品も作者らしいものかららしくないものまでバラエティに富んだ選出という名アンソロジー。「剃刀」「惨事」「名人伝」「湖畔」「ホームタウン」の5作品は大変好みだった。

★★★★(4.0)

 

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