『魔法の水 現代ホラー傑作選第2集』
村上龍(編)/1993年/250ページ
現在を呼吸する九人の作家によって切り拓かれる、魅力的で怖ろしい九つの物語。
収録作品
村上春樹「鏡」
山田詠美「桔梗」
連城三紀彦「ひと夏の肌」
椎名誠「箱の中」
原田宗典「飢えたナイフ」
吉本ばなな「らせん」
景山民夫「葬式」
森瑤子「海豚」
村上龍「ペンライト」
(裏表紙解説より)
これまたそうそうたるメンツの作家陣。なんとも編者の趣味というか人脈というか、バイアスがわかりやすいセレクトである。
村上春樹「鏡」-とある怪談会。幽霊を見たことも、予知や虫の知らせを感じたこともないという男が「たった一度だけ、心の底から怖いと思った」体験談を語る。夜警のバイトで夜の中学校を巡回していた彼が、大きな鏡の中に見たものとは…? ラストのさりげない一言が、男の感じた恐怖と衝撃の大きさを物語る巧みさ。本作は百物語アンソロジー『闇夜に怪を語れば』にも収録されている。
山田詠美「桔梗」-私が子供のころ、川を流れるきれいな桔梗の花を追いかけていると、隣の家の美代さんがすくい取ってくれた。母と同じ年とは思えないほど美しく若々しい美代さんと仲良くなった私は、隣の家にたびたび遊びに行くようになる…。作者の自叙伝的な作品『晩年の子供』の中の一編。ホラーとは言い難いものの、死、そして微かな性のにおいを子供ならではの感受性で描写した、豊かで味わい深い文章。
連城三紀彦「ひと夏の肌」-去年の6月、自分の部屋で「瀬戸内の浜で何百匹もの怪魚が打ち上げられて死んでいた」という新聞記事を読んでから、9月に瀬戸内の病院で目を覚ますまで、私の記憶はぽっかりと抜け落ちていた。この3か月のあいだ、いったい私の身に何が起こったのか…? 官能ミステリかと思いきやまさかの展開に唸る。これは予測不可能。
椎名誠「箱の中」-エレベーターの故障で閉じ込められてしまった男女2人。それだけならよくある話と言えなくも無いが、2人のうち一方がとんでもないキチガイだったとしたら…? いっぷう変わった密室サスペンス。
原田宗典「飢えたナイフ」-友人のSが、バンコクで手に入れたという「妙なもの」。それは手に取ると愛する者を刺し殺してしまうという、呪われたナイフだった…。きれいに決まったオチも含めて、海外短編のような味わいがある。本書の中ではもっともホラーらしいホラーかもしれない。
吉本ばなな「らせん」-とある夜、ビールを飲みながら語らう男女。彼女は来週から「頭の中をすっかり洗い出して、ゼロに戻してしまう」講座を受けにいくのだという。当然、男は引き止めるが、「あなたを忘れてしまいたいと思っている自分を忘れたい」と語る彼女に何も言えなくなってしまう…。「男女の変わらぬ愛」を独特な視点で描いた、幻想的な短編。一読忘れがたい印象を残す。
景山民夫「葬式」-ホラー小説を書いているうちに霊に詳しくなったと自称する小説家が、友人の葬式でさまよう霊を導いてあげました…というたわけた話。その出来の悪さで、本書の中では浮いてしまっている(なぜかコレのみ書き下ろし)。
森瑤子「海豚」-花粉症の季節が来るたび、私は自分の原罪を思い出す。4歳のころ、海豚の肉を食べたことを…。イルカ漁と食に関するもうひとつのトラウマについて語られる、随筆のような一編。こういう作品を入れてくるのは「現代ホラー傑作選」シリーズの中でも珍しい。
村上龍「ペンライト」-自分の中にキヨミという女性の霊を住まわせている、あまり教養の無さそうな風俗嬢の独白。栄養士を名乗る親切そうな男の家に行くものの、彼には凄惨な裏の顔があり…。恐怖度だけで言えば、本書の中ではこの作品がぶっちぎり。トリにこういうのを持ってこられるのは編者の役得である。
全体的にはクオリティの高い作品が揃っており、作風もバラエティに富んでいるため人によってお気に入りの作品は異なるだろう。編者が考えるところの「現代ホラー」、多少スカしている印象も無くはないが、新鮮な視点であることも確かである。ちなみにタイトル「魔法の水」が何を指しているのかはよくわからなかったが、「水」がキーになっている作品はそれなりにあり、「酒」が登場する作品も多かったりする。
★★★☆(3.5)

