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“ホラーコメディ”ではなくあくまで“コメディホラー”。幅広い芸風に唸るデビュー作-『お葬式』

『お葬式』

瀬川ことび/1999年/197ページ

授業中に突然鳴り出したポケベルの電子音。あわてて見た液晶画面に表示されたメッセージは『チチキトク』。病院で、豪華なカタログをかかえてやってきた葬儀社を丁重に追い返して母は言った。「うちには先祖伝来の弔い方がございます―」。(「お葬式」)。日常のなかの恐怖を、ユーモラスに描く、青春ホラー小説の誕生。

(「BOOK」データベースより)

 

 現在は瀬川貴次名義で活躍する著者の第一短編集。ユーモラスな怪奇小説から正統派の怪談、リリカルなホラーまで芸達者ぶりを披露した5編が収められている。解説文にあるような「青春ホラー」は一面でしかない。悪ノリ気味の作品もあるがあくまで主体はホラーであり、ホラーを題材にしたコメディになっていないのは好印象。

 日本ホラー大賞短編賞佳作「お葬式」は、女子高生の軽薄な文体の独白で描かれる父親の葬式を巡る一幕。母親が言う「先祖伝来の弔い方」とは、故人を調理して親族一同で食べてしまうカニバリズム葬だった…というエゲつない話をあっけらかんと描く。これだけなら単なる悪ふざけだが、父親の死に対して現実感を感じられない主人公の様子がある意味非常にリアル。親族たちの「いきなりどこからか沸きだして、故人を喰らい尽くして帰っていく知らない連中」という描かれ方も象徴的である。

 「ホテルエクセレントの怪談」は、いけすかないロックバンドとその取り巻き、エレベーターに出現する老婆の幽霊、ホテルに不法侵入するバンドの追っかけ少女に翻弄されるホテルマンの一夜の出来事。終盤の「そうはならんやろ」な展開が吹っ切れすぎ。「十二月のゾンビ」は、事故死したバイト仲間の女性が死んだ状態で家に押しかけて来た男の話。本当にただそれだけの内容なのだが、切ない別れとグロテスクな笑いがトッピングされた結果、なんとも印象深い味わいの珍味に仕上がっている。「萩の寺」は本書の中では大変オーソドックスなホラーで、劇中の尼が語る時代背景も含めて「こういうのも書けるんですよ」アピールが心憎い。

 ラストの一作「心地よくざわめくところ」は、原発事故のニュースを見た文芸部のバカ大学生たちが「チャイナシンドロームだぁ」「世界滅亡だぁ」とふざけあうだけの話。何かがすでに起きているような、いないような不穏な描写が不気味極まりなく、終末を描いたホラーとしては唯一無二の読み応えがある。傑作とは言い切れないが非常に印象に残る、変な話であることは違いない。2011年以降の我々としては特に。

★★★★(4.0)

 

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