『雨晴れて月は朦朧の夜』
夢枕獏/1999年/269ページ
耽美で心に泌み通るような幻想怪奇小説集。言葉が紡ぐ恐怖の限界に挑む傑作ホラー短篇集。幻想怪奇小説家、夢枕獏の原点ともいえる短篇を多数収録した平成の雨月物語。
(「BOOK」データベースより)
「蛇淫」-父が死んでから、美しい母は叔父を家に招くようになった。ふたりの睦事は高校生の「ぼく」を悩ませていたが、母のあげる淫蕩な声から耳を話すことができなかった。そんな折、叔父はぼくを連れてとある彫り物師の老人に引き合わせる…。刺青というモチーフから煽情的、かつ妄執的な物語を紡ぎだす作者の筆力にうなる一編。「骨董屋」-泥酔した主人公がふと足を踏み入れた骨董屋。そこには彼が過去に手に入れ、そして失ったものが売られていた。破れた凧。学習ノート。おもちゃの腕時計。情熱とともに描き上げた絵。「あの頃に戻りたい」と訴える主人公に、店主はあるものを手渡す…。ハートフルな話かと思いきやなかなかシビアなラストを迎える。「鳥葬の山」-チベットで鳥葬の儀式を見てきた男。あまりの衝撃的な光景に、日本に帰ってきてからも悪夢を見るようになった男だが、ただの夢だけに終わらず…。リアル過ぎる鳥葬シーンは取材のたまものだろうか? この儀式を書きたいがためのような短編である。
「中有洞」-小屋の中には、ぼくの他に2人の人間がいた。大柄で、青黒い痣を首回りに浮かび上がらせる初老の男。瘦せこけた二十歳半ばくらいの女。3人の前には湯気の立つコーヒーカップ。これはいつ運ばれてきたものだろうか。そもそも、この窓のない小屋はどこなのだろうか。ぼくは自分に関する一切の記憶を失っていた…。夢うつつのようなシュールな情景で描かれる地獄。本書の中ではひときわ異様な雰囲気を放つ奇妙な作品。
以降は短めの掌編が続く。「ころぽっくりの鬼」-‟死”そのものを見ることができる少年。その死は裸の女の人形の姿で現れた。「おしゃぶりの秘密」-彼女はフェラチオが巧かった。どうしてこんなに巧いのか。「あやかし」-同居しているみちこ叔母さん。結婚する気はないと言うが、どうやら彼女は不倫をしているらしかった。美しかった叔母さんだが、少しずつ奇行が目立ち始め…。「ふたりの雪」-クリスマスイヴ。語り合う男と女だったが、男には帰るべき家があった。女は自分が「欲しいもの」を男に伝える…。男側の独白のみで語られる構成で、ひそやかなラストの情景が目に浮かぶ傑作。「1/60秒の女」-カメラマンの山岸が撮った写真には、見知らぬ女が写っていた。1/60秒でシャッターを押したときだけ、その女は現れるのだ…。「暗い優しいあな」-夜、おとうさんのへやから声がきこえた。おとうさんははだかになって、ゆかにあいたあなにお肉をなげこんで「おいしいかい」とつぶやいていた…。
エロスとタナトスの匂い濃厚な短編集。天野喜孝の表紙・口絵も耽美で良い。「ふたりの雪」は10ページにも満たない短編だが、本書の中ではぶっちぎりで好みである。これは拾い物だった。「中有洞」も余韻も忘れ難い。
★★★☆(3.5)