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新たな姿で読者を惑わす、幻獣たちのコレクション。濃密テクを堪能できる短編集-『夢魔の幻獣辞典』

『夢魔の幻獣辞典』

井上雅彦/2007年/310ページ

夢魔が紐解く辞典がある。ドラゴン、一角獣、ヒトニグサ、ケルピー、グレムリン…神話や伝説、虚構世界に息づく幻獣たちに魅入られ、憑かれた者たちの悪夢で書き綴られた闇色の手帖…。ボルヘスや澁澤龍彦らが挑んできた幻想動物の博物誌を、稀代の異形愛好家が“怪奇幻想短篇集”に拵えあげた驚愕の綺書。ホラー文庫に遂に登場。

(「BOOK」データベースより)

 

 空想の生物、幻獣たちをテーマにした短編集。ドラゴン、ユニコーン、カトブレパスにオアンネス、ヒトニグサ、バロメッツとメジャーどころからマイナーな連中まで勢ぞろい。各話に添えられた現駕察待請(みかみ まこ)によるイラストも雰囲気抜群だ。お気に入りを何篇か紹介。

 巻頭の「オアンネス 或いは『水槽譚』」は、水以外は何も入っていない、巨大な水槽を部屋に置く奇妙な女の話。オアンネスとは半人半魚の神のこと。女の冷たい肌を知った男は「まるで人魚のようじゃないか」と考え、あの水槽は彼女自身が入るためのものではないかと想像するのだが…。意外、かつしっかりと伏線の張られた「水槽の中身」の正体には衝撃を受けた。

 「ヒトニグサ 或いは『ビックリハウス』」のヒトニグサは諸星大二郎の『妖怪ハンター』が元ネタで、人の死体を養分として吸い取り、その姿となって歩き回る…というもの。その性質だけですでに怪奇譚として完成しているのが凄い。本作では「蝋人形館のビックリハウス」という海外ホラーの雰囲気濃厚な舞台で、この天下の偽書に登場する怪植物がその姿を見せる。

 「カトブレパス 或いは『俯く教室』」は、東京から船で十二時間かかる、僻地の島の高校に赴任してきた教師の話。担当する40人の女子生徒たちはみな快活だったが、クラスに1つだけ、泥にまみれた机があった。その机に座る生徒・加藤は常に俯きがちで太り気味、かつ泥だらけという奇妙な風体だったが、生徒も教師たちも加藤のことを話題にしようとしなかった。加藤はいじめられているのだろうか? と訝しむ主人公も、内心では彼女のことを「カトブレパスのようだ」などと考えていた。カトブレパスと目が合った者は死ぬという。そして加藤が顔を上げた時にも、すでに事態は取り返しのつかない状況に――。本作も伏線の張り方が実にうまく、オーソドックスなオチで綺麗に〆られる逸品。

 どの短編もストレートに幻獣たちが登場することは少なく、ひとひねり加えられた形のものがほとんど。井上雅彦の文章は濃密かつ濃厚、ところどころで幻惑的に跳躍するクセがある。チョコレートボンボンを続けさまに食べるようなもので、題材によっては一気に読むと胸やけするのだが、古今東西の幻獣たちをアカデミックに取り上げる本書にはこの文体が実にマッチしている。幅広い教養(オタク知識とも言う)とテクニックで新たな姿を与えられた幻獣たちが集う、バラエティ豊かな稀覯書である。

★★★★(4.0)

 

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