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乱歩が考える「恐怖」とは? レジェンド作家をより深く知るためのエッセイ・評論集-『火星の運河』

『火星の運河』

江戸川乱歩(著)、東雅夫(編)/2005年/312ページ

江戸川乱歩があこがれていた異世界、禁断の夢をえがいた表題作「火星の運河」。そして、ホラー、怪談、怪奇幻想文学関連の“乱歩随筆”の名品多数をふんだんに収載。乱歩の文章が本書のような形で集大成されるのは史上初の試みである。類書もまったく存在しない。日本ミステリーの父・江戸川乱歩によるホラー読本。

(「BOOK」データベースより)

 

 これは良い。必読の書である。

 副題は「江戸川乱歩のホラー読本」。ミステリはもちろん、日本ホラー界の黎明期を支えた重鎮でもある江戸川乱歩のホラー関連エッセイ・評論をまとめた集大成となっている。

 

 本書はオムニバス映画『乱歩地獄』公開に併せて刊行されており、「第一部 乱歩地獄」では映画の原作である「火星の運河」「鏡地獄」「芋虫」「蟲」に関連するエッセイ等を収録したパートとなっている。短編「火星の運河」は丸ごと一編、「芋虫」は伏字モリモリの初出バージョン「悪夢」を掲載している。

 「第二部 懐かしき夢魔」-乱歩の過去のホラー体験、恐怖を覚えるものについての告白といったエッセイ群。クモが怖い。レンズが怖い。鏡が怖い。人形が怖い。墓場が怖い…。だが人は成長し、幼き日にあれほど恐怖を覚えたものもいつしか克服する。そうして鋭敏な心を失うことを乱歩は残念がっている。少年時代の乱歩が旅先の熱海で黒岩涙香訳の『幽麗塔』に夢中になり、あまりの面白さに旅の思い出がすべて塗り替えられてしまったという「『幽霊塔』の思い出」などは‟あるある”過ぎてほほえましいエピソード。

 「第三部 ホラーへの誘い」-おもに海外作家のホラー作品を紹介する文章をまとめたパートで、第四部への助走といった趣き。ポーやマッケン、ルヴェル等の評論は実に的確に作家の魅力を言いあてており必読。「フランケン奇談」で紹介されている3つの話は、2がジェローム・K・ジェロームの「ダンシング・パートナー」、3がビアスの「モクソンの人形」、4がヘクトの「恋がたき」である。この3作は第四部でもたびたび挙げられる。探偵小説とホラーの密接な関係を評ずる「スリルの説」もたいへん興味深い内容。

 「第四部 怪談入門」-乱歩のホラー小説評論の代表とも言える「怪談入門」と、それに関連する文章をまとめた章。乱歩は自身が読んできた怪談をテーマ別に分類しているのだが、その項目は以下のようなものである。

1.透明怪談(例:ウェルズ「透明人間」)

2.動物怪談(例:ブラックウッド「古き魔術」)

3.植物怪談(例:ホーソン「ラパチーニの娘」)

4.絵画彫刻の怪談(例:ベン・ヘクト「恋がたき」)

5.音の怪談(例:ラヴクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」)

6.鏡の影の怪談(例:エーウェルス「プラーグの大学生」)

7.別世界怪談(例:ラヴクラフト「アウトサイダー」)

8.疫病、死、死体の怪談(例:ホワイト「ルクンドオ」、フォークナー「エミリーのバラ」)

9.二重人格と分身の怪談(例:ポー「ウィリアム・ウィルソン」)

 現在のホラー評論ではあまり目にしない「透明怪談」というジャンルが目につくが、乱歩によれば透明怪談の恐ろしさは「読む人の想像力に応じて、いくらでも恐ろしい姿を想像できること」にあるのだという。書かれていないことが無限の恐怖を生む、という面白さは確かに怪談の大きな魅力だろう。この「怪談入門」に名前を挙げられている作品のうち、多くはホラー小説の入門書とも言えるアンソロジー『怪奇小説傑作集』1~5巻に収録されている。もともと創元推理文庫版『怪奇小説傑作集』は、乱歩が編纂した世界大ロマン全集版『怪奇小説傑作集』を基にしているとのこと。

 

 映画タイアップ書籍のような装丁のおかげか、本書はあまり届くべきところに届いていないような印象があるが、江戸川乱歩の確かな批評眼や、その創作の源流となるものを知るのに最適な1冊と言えよう。乱歩入門を終えたホラー中級者ならぜひ手に取ってほしい。

★★★★☆(4.5)

 

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