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「死体を溶かして証拠隠滅」という定番ネタに真正面から取り組むと…? 犯罪心理を情感たっぷりに描くサスペンス短編集-『人間溶解』

『自選恐怖小説集 人間溶解』

森村誠一/1997年/327ページ

粘着力を帯びた不気味な液体はしきりに瘴気を立ちのべていた…。究極の「完全犯罪」を目論む表題作『人間溶解』をはじめ、突然の侵入者に怯える主婦の心理を覗く『行きずりの殺意』。“少女”に取り憑かれた教師を描く『青の魔性』、満員電車の人間関係の暗部を映す『殺意』など、日常の中にある、なにげない恐怖が滲みでる傑作ホラー短編集。

(「BOOK」データベースより)

 

 スーパーナチュラルな要素はほとんどなく、犯罪心理を描いたミステリで構成された短編集。かつて講談社から出ていた同名の短編集とは、表題作以外はまったく異なる内容となっている。

 「行きずりの殺意」は、ふとしたきっかけで強盗に入った若者を諭す主婦の物語。改心した若者はおとなしく出ていくが、ほんのわずかなすれ違いが悲劇を生む。「青の魔性」は生徒に恋慕した小学校教師の物語で、傍から見れば完全にアウトなのにまったく自覚が無い男の主観視点で話が進むため、読んでいくうちに「マジか」という気分にさせられる。「殺意」は刃物を隠し持った男が満員電車で少しずつキレていく過程を事細かに描くサスペンス。「静かなる発狂」は銀行員がとある方法(現代ではまず不可能と思われる手段)で上司へ復讐する話。似たようなトリックをどこかで見た覚えがあるが、本作が元ネタなのかもしれない。「肉食の食客」はろくでなしの叔父に住みつかれた男が殺害を計画する話。この叔父の傍若無人ぶりが非常に事細かに描かれているため、最初はここまで肉親を憎悪できるものなのかと若干引き気味だったのが、読んでいくうちに主人公と同化して「はよ殺っちまえ」という気分になってくる。「怒りの樹精」は「ちょっとした奇妙な出来事」と「殺人事件の捜査」、絡んでいるような絡んでいないような微妙な距離感で両者が同時進行していくという、この著者にはよくあるスタイルの一編。大きなケヤキの木を切り倒した後に建設されたマンションで自殺が相次ぎ、人々はケヤキの祟りかと噂するが…。

 「人間溶解」は「死体を硫酸で溶かせば証拠が消えて完全犯罪!」という、誰もがどこかで聞いたことのあるような犯罪を各種データや事細かな手順と共に描いていくサスペンスホラー。本作のアイデア元はWikipediaにも載っている「同僚殺害硫酸樽遺体損壊事件」と思われ、皮革会社の技術者が同僚を殺害するという事件のあらましはそのままだが、登場人物や殺害動機、そして事件の結末も大きく異なる。

 前述の通り、どの話も「人はなぜ犯罪に手を染めるのか」という視点で書かれており、本レーベルではやや毛色の変わったホラーとなっている。著者としては、読み手が思わず犯罪者に感情移入してしまうようなセレクトをしたのではないだろうか。そういう意味では、個人的には「肉食の食客」が傑作だと思う。

★★★(3.0)

 

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