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お約束展開から脱する「ひとひねり」が巧みな傑作怪奇コミック。作者の実話怪談も拾い物-『生霊 ささやななえこ恐怖世界』

『生霊(いきすだま) ささやななえこ恐怖世界』

ささやななえこ/1996年/349ページ

良二に恋い焦がれる浅茅優子の怨霊が“生霊”となって、恋敵の真理子と明美を襲う「生霊」。すさまじい嫉妬から自殺した女子高生の呪いがとりつく「鉄輪」、死霊が籠り復活する「空ほ石の…」等、少女たちの繊細な心理を描いたオカルト・サスペンスの傑作!(解説/金春智子)

(裏表紙解説文より)

 

 あすかコミックで出ていた単行本だが、表題作が映画化された縁か文庫化された(映画版ノベライズも角川ホラー文庫で出ている)。

 

 「生霊(いきすだま)」-吉野良二のクラスでは、陰気で目立たない女子生徒・浅茅優子の生霊(ドッペルゲンガー)を見たという噂が立っていた。さがない噂を立てられる浅茅をかばう良二だが、その晩、寝ている良二の元へ浅茅の姿をした何かが現れ、彼を愛撫する…。翌朝、夢とは思いつつも妙に浅茅を意識してしまう良二。一方、浅茅は良二への好意を露わにし、彼に付きまとうようになる。そして良二の彼女・真理が何者かに襲われる事件が起き…。わりと王道な展開のストーカー話だが、生霊によるストーキングというタチの悪さがミソ。美人ではないものの妙な淫猥さと100%の湿度を持つ浅茅はかなり印象的。表紙にもなっているイラスト、芸術的で見惚れてしまう。

 「鉄輪(かなわ)」-ごく平凡な女子高生・水沢みどりは、ずっと憧れていた嵯峨和樹と付き合うことになり幸せの絶頂にいた。だが嵯峨に「付き合っているわけでもないのに彼女づらするな」と言われてしまったクラスメイト・橋本ちえ子が激昂。教室の全員が見ている前で「私をみて!」と叫んで飛び降り、即死した。その日以降、嵯峨は毎晩のように橋本が部屋を訪れる悪夢を見るようになり…。途中まではこれまたよくある怨霊譚かと思わせて、怨霊に悩まされる恋人のために主人公が‟鬼”になるという展開に。捻りの入れかたが見事。

 「空(うつ)ほ石の…」-父親の転勤で、団地の505号室に引っ越してきた菜穂子たち。だが母親が原因不明の事故で入院、押し入れに奇妙な少女が現れるなど不穏な出来事が続く。どうやらこの団地では、各階の5号室の住民に不幸が相次いでいるらしい。オカルト好きのクラス委員長・森尾からも「あの団地は‟場所”が変だ」と注意するよう言われ、不安を募らせる菜穂子だったが…。団地を「巨大な空洞の石で作られた谷」に見立て、『伊勢物語』に出てくる宇津ノ谷とシンクロさせるという伝奇ホラーの一面を持つ作品。ラストまで正体不明な怪異の不気味さが際立っており、モダンホラーの雰囲気も漂わせている。

 「通りゃんせ」-「手」「幽霊」「悪霊」の短編3編からなるオムニバス。三軒おきに葬式が連なる社宅。次は自分の家じゃないかと母親がおびえ…という「悪霊」は、わりかしよくある怪談な他2編と比べると圧倒的に不気味である。「空ほ石の…」にも使われていたアイデアだが、実体験だったりするのだろうか。

 「はるかなる向こうの岸」-作者・ささやななえこの体験した実話怪談エピソード集。「幽霊を見たことはない」と言う作者だが、その一方で‟聞く”体験はかなりしているようで、音に関する怪談が多め。ささやかながらも奇妙極まりない、リアリティある怪談ばかりで面白い。

 

 お約束の展開に陥らず、かといって過剰なわざとらしさもなく、非常に理想的な「怪奇漫画」であると感じた。バラエティ豊かかつクオリティの高いいぶし銀の1冊である。

★★★☆(3.5)

 

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