『最後の子』
岸田理生/1993年/336ページ

ふとしたことから私の家に住みついた、人形のように従順で、蛇のようになめらかな肌を持つ少女。
奇妙に淫らな匂いを放つその体に、いつしか私は狂っていた。
やがて臨月に産み落とされたのは、しかし白く柔らかな無数の卵だった。少女は一体何者なのか。そして卵の中で蠢いているのは本当に私の子なのか――。
退屈な日常を犯す、異形の侵入者達を描く幻想ホラー。
(裏表紙解説文より)
巻頭の2編はエロチックな伝奇もので、『水妖記』収録作に近い雰囲気。残る5編はSFテイストを感じさせるホラーとなっている。巻末に収められた久世光彦の解説では『水妖記』収録作品についても軽く触れられている。
「柔らかい卵」-真夜中の神社で幼い少女と出会った男は、彼女を自宅で保護することにした。水を舐めるように飲み、生卵を啜るように食べては眠るだけという奇妙な行動を繰り返す少女に、男は次第に不安を覚えていく。折しも全国各地の神社で、少女と同じくらいの年齢の子供が変死体で発見される事件が続発していた。その事実を知った男に対し、少女は自らの名を明かす…。異形の少女の生態と正体を描く、背徳的な一編。
「父の血の……」-サラリーマンの木村は、飢えた犬となって獲物を狩る夢を夜ごと見るようになる。時を同じくして、彼の住むアパートでは、大きな犬が勝手に部屋へ侵入するという被害が相次いでいた。ふたつの出来事のあいだに妙な関連性を感じ取った木村の前に、巨大なグレーハウンドが現れる。驚くべきことにその犬は「木村が最近見た夢の内容について教えよう」と、テレパシーで語りかけてくるのだった…。先の「柔らかい卵」をはじめ、本書でいくつか見られる異種交配モチーフのひとつ。オチに登場する犬の名は、とある有名な伝奇ファンタジーに由来する。
「不眠の街」-眠ることを禁ずる“不眠令”が公布された街。人々は睡眠除去手術を受けることを義務づけられ、眠ってしまった者は眠り狩りの兵士によって拘束されてしまう。ある日、うっかり六時間も眠ってしまい、絶望する男の前に、眠りの精サンド・マンを名乗る奇妙な人物が現れる。彼は男を安全な場所へと導き、失われていた記憶を取り戻させる…。文字通りの「眠らない街」を舞台にした、戯曲的なSF作品。
「楕円球体」-地中から黒い楕円形の球体を掘り起こして以来、悪夢に悩まされるようになった考古学者。ほどなくして、彼の姉と義兄が、生まれたばかりの赤ん坊を残して病室から失踪する事件が起こる。考古学者は両親を失った赤ん坊と、同じく身寄りをなくした義兄の姪を引き取り、共に暮らし始める。赤ん坊の瞳は、かつて掘り出した黒い楕円球体を思わせるものだった…。観念的かつ奇怪なイマジネーションに満ちた一編。本書に収録された短編はいずれも「人知を超え、ときにSF的な存在との邂逅」を描いているが、本作に登場する“存在”は、その得体の知れなさがとりわけ際立っている。ラストの凄惨さも印象深い。
「鏡世界」-ある時を境に、鏡が人間を映すことを拒否し始めた。最初は剃ってもいない髭を剃ったように見せたり、着ている服をくすませたりといったいたずら程度の反抗だった。しかしやがて鏡は実力行使に出て、映ったものの存在そのものを消し去るようになる。人々は街中の鏡を割って対抗しようとするが、小さな鏡の破片が増えるだけだった。鏡の反乱以来、部屋に籠もっていた男は、久しぶりに外へ出て、盲目の少女と出会う…。鏡が人類に反旗を翻すという奇想天外なファンタジー。理屈抜きの物語ながら、静謐さに満ちたエンディングが見事。
「最後の子」-人間の子供が生まれなくなってから20年。この国に残された「最後の夫婦」は、夜ごと赤ん坊の泣き声で目を覚ますようになる。病院で検査を受ける彼らの前に現れた、その泣き声の主の正体。それは夫婦を媒介として現世に生まれ出ようとする、宇宙生命体の意志だった。やがて妻は妊娠し、人々は夫婦を祝福するが、彼らは生まれてくる存在が人間ではないことを知っていた…。宇宙規模のネトラレ、あるいは倒錯性愛とでも言うべき物語。一昔前のSF長編を思わせる終末的アイデアながら、作者ならではの感性が随所に顔を覗かせる。
「記憶のまちがい」-母親と9歳の息子、そして飼い犬と飼い猫からなる一家は、全員が超能力者だった。しかし、ひときわ強力な能力を持つ息子は次第に増長し、能力を用いて母親に反抗するようになる。そして“驚愕の事実”をテレパシーで告げる息子に対し、母はある決断を下す…。やたらと賢く、テレパシーで会話する超能力犬の存在は愉快だが、物語の内容は陰惨と言っていい。DNAに刻まれた情報の「まちがい」が超能力者を生み、覆い隠されてきた決定的な「まちがい」が、一家の崩壊を告げるのだ。
SFチックな小道具がたびたび登場しはするものの、描かれている恐怖自体は幻想的、あるいは土着的なものがほとんど。かなり読者の感性や波長に委ねられた短篇集かもしれない。
★★★(3.0)
