角川ホラー文庫全部読む

ホラー小説のレビューブログ。全部読めるといいですね

ばらまかれた悪意の爆弾が、庶民を“無敵の人”に変える。最後は絶望的なハッピーエンド-『自由殺人』

『自由殺人』

大石圭/2002年/349ページ

ある日、突然、殺人を選択する自由があなたに与えられたら、どうしますか?謎の人物から送られてきた爆弾。それを手に入れた人物たちは、エゴと怨念を剥き出しにしていく。元マラソンランナーの朝香葉子もまた、爆弾を受け取った一人だった。しかし、彼女は何のためらいもなく爆弾を警察に届ける。犯人はそんな葉子に、あるゲームを持ち掛けてきた。人間の業を深く、そして鋭く描いたホラーの新境地。

(「BOOK」データベースより)

 

 暇と富を持て余し、あらゆる刺激と娯楽に飽きた「ある悪意」が、人々に“自由殺人”の権利を贈与した。それは銀のアタッシェケースに入れられた、ビルひとつを粉々に吹き飛ばすほどに強力な時限爆弾。12月24日、クリスマス・イブの日に13個の爆弾が1時間おきに爆発するのだという。
 爆弾を受け取ったのは、心の奥底で社会や世間に不満を抱える人々だった。家庭に居場所のないサラリーマン。ブログに戦争体験を綴る孤独な老人。売れないSM嬢。モテないバイト青年。家族に馴染めない少年。独身の掃除婦…。マラソンランナーを引退し、現在は工場と英語講師のパートで生計を立てている朝香葉子も爆弾を受け取ったひとりだった。人一倍正義感の強い葉子はアタッシェケースを警察に届け出るが、犯人は彼女に執拗な興味を抱いていた。
 クリスマス・イブを待たずにアタッシェケースのひとつが爆発し、多数の死者を出す大惨事が発生する。葉子以外の人からもいくつかケースが警察に持ち込まれていたが、爆弾の総数も爆破時刻もわからず、社会に不安が広がっていく。そんな中、葉子に目をつけた真犯人は、彼女にある「ゲーム」を持ちかける。ゲームの条件を満たせば、まだ見つかっていない爆弾の位置を教えるというのだ。犯人の挑戦を受けた葉子だが、あまりにも過酷なゲームが彼女の心身を苛んでいく。そして、長きにわたり人々の記憶に刻まれることになる、史上最悪のクリスマス・イブが訪れる…。

 

 ある日突然、大量殺人を可能にする爆弾を手にした平凡な人々。彼らは何を考え、どんな行動を取るのか。複数のキャラクターの視点を追いながら、我々が見て見ぬふりをしている「底知れない悪意」を暴き出すサスペンスである。2001年9月11日以前に執筆された作品だが、同時多発テロ事件の影響で発表の機会を失っていたという。本作の爆弾テロ描写は大石圭作品の中でも特に壮絶で、確かに事件直後では刺激が強すぎたかもしれない。
 主人公・朝香葉子は、オリンピック選考会で優勝しながら代表に選ばれなかったという、報われない過去を持つ元マラソンランナー。彼女の誠実な生き方と、誘惑に屈しない強い精神は読者に安心感を与えてくれ、自然と応援したくなる魅力がある。だからこそ、真犯人が彼女ひとりをターゲットに定めた時の緊張感は際立っていた。「高潔な主人公が危害を加える側になるかもしれないという恐怖」は意外と新鮮に思える。他の爆弾所持者たちも、復讐を計画する者、憂さ晴らしに使おうとする者、最後まで葛藤し続ける者、平然を装う者など反応はさまざまで、視点がめまぐるしく変わることで読者を飽きさせない。個人的には、「老人が語る戦争体験」パートにあまり臨場感を感じられず、やや退屈に思えた。真犯人もお約束のような“暗黒金持ち”であり、動機も含めて驚きは少ない。とは言えそれを補って余りあるほど、クライマックスに向けて高まり続ける緊張感と、立て続けに起きる惨劇の描写は強烈だった。作者自身が「絶望的なハッピーエンド」と評する結末も大変印象的。

★★★☆(3.5)

 

www.amazon.co.jp