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官能と倒錯の美に溢れる怪奇短編を、丸尾末廣のイラストが彩る-『水妖記』

『水妖記』

岸田理生/1993年/315ページ

吸血の歓びを体に刻んだ女。魔縄で女を犬にかえる男。石棒に犯され孕む女。淫らな血の匂いが、男と女を官能の地獄絵図へと誘い込んでゆく。演劇界の異才、岸田理生が倒錯と恐怖の中で暴かれてゆく人間の本性を描いた、蟲毒したたる作品集。

(裏表紙解説文より)

 

 淫猥な妖気に満ちた短編集。一話一話にノルマのごとく濡れ場が用意されており、「秘肉」「蜜壺」「女芯」「柔襞」「淫ら貝」といった官能小説でしか見ない単語が並ぶ。中身も拘束プレイ、獣姦、強姦、近親相姦、ロウソク責めといった昭和のSM雑誌のような性癖のオンパレードだが、作者の筆力のおかげか煽情的描写に徹した下品さは無い(作中の小道具もいちいち格調高い)。根源的欲求、抗えぬ運命、人の本性を露わにする…といった共通点からエロスとタナトスとの相性の良さはご存知の通り。ただ、濡れそぼった秘芯がどうこうといった濃密な描写をこうも連続で読むとさすがに胸ヤケを覚える。丸尾末廣のイラストがたいへんマッチしている…というか、この人しか考えられない。

 表題作「水妖記」は、湖で人妻との心中に失敗したしがない絵描きの話。心中相手の夫・滝川は生き延びた絵描きに対してなぜか親密に接してくれるほか、彼の生活を援助してくれるのであった。そして滝川から絵描きのもとに再婚の知らせが届くが、新しい妻の姿は、いまだ湖底に沈んでいるはずの前妻と瓜二つであった…。ドロドロの凄まじい愛憎っぷりと先の読めぬ展開にハラハラさせられる一編。巻頭作「魔縄記」には性交によって精気を吸い尽くし生き続ける吸精鬼が、「吸血物語」にはそれよりももう少しストレートな姉妹の吸血鬼が登場する。どちらもこの手のエロホラーではよくある存在であり、彼らに襲われるより、彼らの同等の怪物になってしまうことの方が怖い…という結末もお約束で良い。「一年後の殺人」は、愛する妻は魔の一族であり、新しい血を取り入れるため下界でお前と結婚したのだと告げられた気の毒な男の話。その後、妻は魔の一族に輪姦されるのだが、新しい血が欲しいなら魔の一族のタネを入れちゃダメだと思う。エロを優先したせいで整合性が崩壊している。「鬼子血飲児数え唄」は絶大な権力を持つ旧家で殺人事件が発生、解決のため刑事が向かうも一族はみな怪しい人物ばかり。しかも彼らには淫蕩な秘密が…という話。推理要素が本書の中ではいいアクセントになっており、なかなか面白い。

 幻想文学で『水妖記(ウンディーネ)』と言えばフーコーのものが有名だが、本作はそれとは特に関係が無い。と思いきや、岸田理生が翻訳したフーコーの『水妖記』もあるのでややこしい。

★★★(3.0)

 

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