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そびえたつ象徴、破滅の凶兆…アンソロジーの名手が編む13本の恐怖-『塔の物語 異形アンソロジー タロット・ボックスⅠ』

『塔の物語 異形アンソロジー タロット・ボックスⅠ』

井上雅彦(編)/2000年/305ページ

私は、今ここに、少年の日の密かなる愉しみを再現しようとしているのかもしれない。タロット・カードを創ろうというのである。
テラー博士よろしく、オムニバスの物語を編んで。一枚のカード、一枚の象徴(シンボリズム)が、一冊のアンソロジーとなる。
その最初の手札が、〈塔〉のカードだ。〈塔〉の物語、〈塔〉づくしによる、絵のない絵札――。(編者解説より)
煙突、高層ビル、奇怪な建造物、市庁舎、夢の中の塔……。さまざまな〈塔〉が紡ぎ出す13の物語。名手が編む傑作ホラー・アンソロジー!

(裏表紙解説文より)

 

 書きおろしホラーアンソロジー「異形コレクション」の編者・井上雅彦による、「タロット」にちなんだ作品を国内・海外問わず蒐めたシリーズ。当時、井上氏はカッパノベルズで「異形コレクション綺賓館」といったシリーズも展開しており、ちょっとした異形刊行ラッシュであった。

 

 マーガニタ・ラスキー「塔」は海外アンソロジーでも何度か収録されている短編で、自分も「塔を舞台としたホラー」と聞いて最初に思いついた一作。わずか10数ページに詰め込まれた不吉な暗示と絶望的なラスト。文句のつけようがない巻頭作である。
 高橋克彦「星の塔」は、山奥の屋敷の修繕を頼まれた建築家の話。そびえたつ八重の塔とそれを取り巻く巨大な屋敷、美しい女主人に輝く星空という、この世のものとは思えぬシチュエーションは建築家を感動させるが…。古典的な怪談にややウェットな味付けが光る。水見稜「市庁舎の幽霊」は地球外の惑星を舞台にしたファンタジックなSF。聖堂を模した巨大な市庁舎に住み着く少年の幽霊は、市庁舎ともども観光スポットの1つになっていた。そんな折、旅する大魔術師・ハリーが脱出マジックのため市庁舎にやってきて…。心温まる魔術師と少年幽霊とのやり取りに、大崩壊のカタルシスが合わさって何とも不思議な読み心地だ。

 皆川博子「城館」は夏休みに母の実家に泊まりに来た少年と、彼が慕う叔父の運命を大きく変えた「焼け落ちる塔」の話。象徴としての塔や蝶といったガジェットの使い方が非常に巧みで、本書の中ではもっともホラーらしいホラー。中野美代子「カリヤーンの塔」は、ウズベキスタンのブハラに実在する塔にまつわる凄惨な歴史の断章。ゲーテ「骸骨踊り」は、編者曰く本書の「隠し玉」。短い詩でありながら、往年のホラー映画のようなビジュアルが活き活きと浮かび上がってくるのが凄い。ゲーテってこんな詩も書いてたんだという新鮮な驚きがある。 

 地味井平造「煙突奇譚」は、工場の煙突に頭を突っ込んだ死体が発見されたことに端を発する話。「かつて、人間は空を自由に飛び回ることができた」と主張する奇妙な男の末路と正体とは…。基本的にはミステリなのだろうが、もしかしてと思わせる造りが巧く、まさに奇譚としか言いようがない。都築道夫「蠅」は、命綱無しで塔や高層ビルの外壁を登る「蠅男」と呼ばれる芸人たちの話。切迫した状況に追い詰められた蠅男の視点と心境を、実験的な文体で描いている点にも注目。オーガスト・ダーレス「蝙蝠鐘楼」はダーレスのデビュー作。話の筋としては単純なパルプ物ながら、昭和4年当時の時代がかった翻訳(妹尾アキオ訳)も相まって雰囲気は抜群。高木彬光「ロンドン塔の判官」は、夏目漱石「倫敦塔」にも描かれている通りの牢獄として、処刑場としてのロンドン塔の血生臭い歴史を描くミステリである。

 小松左京「高層都市の崩壊」は、タイトル通りの危機に際しても「お役所仕事」を繰り返す人々の愚かさをブラックに描くSF。島尾敏雄「摩天楼」は筆者の夢の中に出てくる巨大都市のイメージを取りとめもなく描写するだけの話だが、まさに夢から醒めたかのような最後の段落が印象的。堀敏美「塔」は、寓話的なはかなさと美しさが漂うショートショート。シンプルなタイトルも併せて本書を〆るのに最適な一品。

 以上の塔にまつわる物語13編に加え、井上雅彦による「序章 -スプレッド-」「終章 -リーディング-」、そして巻末に詳細な解題が付けられている。ユニークなテーマ、個々の作品の質とバラエティを両立した良アンソロジーと言えよう。個人的に好きなのは「煙突奇譚」と「塔」(2作品とも)、「骸骨踊り」辺り。

★★★☆(3.5)

 

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