『怪談売りは笑う』
蒼月海里/2024年/224ページ
ライターの藤崎俊一はある男を追っていた。その男ー怪談売りは、どこからともなく現れては『怪談あり〼』というのぼりを立て、路上販売を行っているという。古本の形をした商品は、怪談そのもの。買えばそこに書かれた怪異に見舞われ、売れば見舞れなくなるといい、様々な事情を抱えた者たちが夜な夜な彼のもとを訪れる。彼はいったい何者なのか、その目的とはー。人間の闇と欲望に切り込む、一話完結の人間ドラマ!
(「BOOK」データベースより)
「怪談」を売買する、謎の怪談売り。彼に怪異の体験を話して買い取ってもらえば、その怪異は去る。しかし逆に彼から怪談を買えば、その怪異を実体験することになるという。ちなみに怪談の価格は1本につき税込み110円と安価。まるで宇津呂鹿太郎の怪談売買所である。
「精螻蛄の書」-ひとり暮らしの美初乃は、会社から帰宅後、部屋に置いていたリモコンやルームウェアなどの位置が変わっていることに気づく。その他にも天井から物音がしたり、どこからかハエが湧いて出てきたり、寝ている間に誰かに顔を覗かれているような気がしたりと、奇妙な現象が続けさまに発生する。SNSで話題の「怪談売り」と偶然出会った美初乃が自分の体験談を話すと、怪談売りは妖怪“しょうけら”に監視されているのではないかと告げる…。
「餓鬼の書」-今どきあり得ないレベルの昭和パワハラ人間・上原は、オカルトライター・藤崎俊一から怪談売りの話を聞き、「怪談をこっそり他人に渡せば、嫌がらせに使えるのではないか」と考え付く。怪談売りから“餓鬼憑き”の怪談を買い取った上原は、さっそく反抗的な部下の机に怪談が記された和綴じ本を忍ばせるが…。
「雲外鏡の書」-怪談売りの行方を追う藤崎は、母親を亡くした近所の幼い少年が、和綴じの本を抱えてどこかに行く姿を目撃する。あれは怪談売りが売った怪談ではないのか? 少年の後を追う藤崎は怪談売りに遭遇、少年が買った怪談が“雲外鏡”のものであることを知る…。
「文車妖妃の書」-藤崎は、怪談売りと自分との間になにか特別な縁を感じていた。幼い頃の思い出せない記憶、封じ込められたとてつもなく恐ろしい体験に、彼が関わっているのだろうか――。それは1998年のある日、「ノストラダムスの大予言」が世間を騒がせていたころの話。世界が終末を迎えるという大予言から家族を救うため、少年の日の藤崎はある一大決心をしたのだった…。
単話で完結している連作集で、人情モノだったりサイコサスペンスだったりとテイストの違いはあれど、いずれも文字通りの怪談である。作者の角川ホラー文庫作品はかなりライト寄りなものが多いが、本作は読みやすさはそのままに、控えるべきところは控えている文体なので怪談の雰囲気を損ねていない。ほぼ全編が過去話で進む最終章では「怪談売りの正体」が明かされるのだが、これがかなり綺麗に着地しており、最後の最後で深みのあるキャラクターになったという印象だ。
★★★(3.0)

