角川ホラー文庫全部読む

ホラー小説のレビューブログ。全部読めるといいですね

実地取材と文献調査で“幽霊が現れる理由”を解き明かす特濃ノンフィクション-『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』

『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』

小池壮彦/2025年/368ページ

谷中霊園、日暮里駅、神田・お玉が池、神田~隅田川、東中野~中野一丁目、宮ケ瀬ダム、観音崎、群馬県&埼玉県・神流湖、秋葉原、面影橋、姿見の橋、歌舞伎町、品川橋~天王洲、葛飾区、旧三河島町界隈、淀橋、代々幡など。かつて事故や事件のあった場所に現れる幽霊たち。恨みを残して亡くなった場所、自殺の多い場所などを歩き、土地の記憶に耳を傾け、話を聞き、過去の新聞や歴史資料を集め、写真を撮る。史実と伝説のあわいを歩き、声なき声を蒐集した、怪奇ノンフィクション。「そこに『出る』理由。それは幽霊より怖い」京極夏彦(『東京の幽霊事件』単行本帯推薦文より)。怪奇探偵として知られ、幽霊物件や未解決の怪奇事件、心霊写真や心霊ビデオの調査、四谷怪談をはじめとする呪いの歴史的考察など、世間に流布する怪異譚を蒐集し、成立過程および社会史的背景をくまなく徹底的に調査し、執筆する作家・小池壮彦。『日本の幽霊事件』『東京の幽霊事件』を1冊にまとめた決定版。

(「BOOK」データベースより)

 

 日本の各地で起きた幽霊事件を取材・調査し、“幽霊が現れる理由”を解き明かすノンフィクション。雑誌「幽」の連載を単行本化した『日本の幽霊事件』『東京の幽霊事件 封印された裏歴史』の2冊を合本化した1冊。
 著者がこれらの事件で注目しているのは「幽霊は本当に現れたのか」、「幽霊は存在するのか」といった部分には無く、「なぜ人々が幽霊を目撃したのか」、「なぜ幽霊の噂が広まったのか」という背景や理由にある。幽霊が出るという“いわく”には、その土地の歴史や当時の社会情勢が深く関係している。本書は様々な幽霊事件の調査を通じて日本の、東京の仄暗い史実を掘り起こしていく、エンタメ性豊かなルポルタージュである。

 

 雑誌連載時の全30回に加え、単行本時に追加された番外編2編も収録されており相当に読みごたえがある。東京在住の読者なら、身近なスポットが幽霊事件の現場として取り上げられていてワクワク(ワクワク?)できるかも。個人的に好きな回をいくつかピックアップ。

 第1章4節「浅草界隈 お初殺し」は、バラバラ殺人という言葉が定着するきっかけになった“玉ノ井バラバラ殺人事件”にまつわる話。被害者はわずか10歳の身寄りのない少女・お初。犯人は養父母だったのだが、刑事が家宅捜索中に不思議な物音を聞いたほか、川に流されたはずの遺体がなぜか上流にある養父母の家近くで見つかるなど奇妙な出来事があったため、お初の敵討ちだと噂されたのだという。

 凄惨な事件が幽霊の噂を生む…という例は少なくないようだ。第1章12節「どんどん橋 三姉妹入水心中」は昭和34年、かつ(14歳)、とも(11歳)、せつ(7歳)の姉妹が遺書を残し、玉川上水に身を投げたという心中事件。あまりに痛ましく、近所の人々が「幼女の幻を見た」という話にもなんとなく頷ける。たとえ幽霊であろうとも、彼女らのことを何らかの形で語り継ぎたいと思うのが人情ではないか。この回、太宰治をはじめ多数の入水自殺者を生んだ玉川上水が、飲料水の原水になっていることを知った高校時代の著者が「死体の汁のおかげで水道水はうまいのか」と水道局に問い合わせた、というエピソードがやたら面白い。第2章11節「堀切 懺悔した通り魔」は、未解決だった殺人事件が時効成立の7か月前に「被害者の亡霊が現れて懺悔をうながした」ことで真犯人が見つかった…という話。これだけ聞くと実にオーソドックスな怪談だが、著者は警察の捜査の不審な点と、犯人の自白のとある矛盾点を指摘する。

 理由はわからないが、なぜか事故が頻発する…という土地も当然ながら幽霊怪談のメッカとなる。第1章5節「玉川調布堰 魔が呼ぶダム」は、水泳が得意なはずの人がなぜか次々と溺れるという多摩川ダムにまつわる怪談。第2章5節「東中野~中野一丁目 白い女」は、事故が多発する死の踏切「桐ヶ谷踏切」周辺で目撃されたという少女の白い影の話。第2章番外編1「宮ヶ瀬ダム 虹の大橋」は投身自殺者が続出する、ただならぬ雰囲気を醸し出す橋の取材レポート。自殺志願者がこじ開けた金網の跡、金網にぶら下がるお守りといったディテールが生々しい。こうした事故多発地帯も、土地の伝承を調査することで「幽霊が呼ぶから」だけではない理由が見えてきたりするのが面白いところ。

 第1章2節「円城寺境内 八百屋お七の足音が聞える」は、恋人に会いたいがために放火事件を起こし、火あぶりに処された八百屋お七の幽霊話。このお七、井原西鶴の『好色五人女』でも取り上げられるなどエピソード自体は有名だが、「お七本人についての実像がわからない」という謎を抱えているらしい。第1章番外編2「隠された八百屋お七の秘密」は、調べれば調べるほど妙な矛盾点が生じてくるお七の実像を解き明かすため、著者がひとつの仮説を立てる…。この他にも、伝承や俗説の中に埋もれた歴史の真実を掘り起こす回はいくつかある。例えば第1章6節「吉原界隈 玉菊燈篭」と第1章7節「永見寺墓所 玉姫の墓」では遊女・玉菊の祟りの噂とその実態を調査していて、歴史ミステリーさながらである。

 第2章1節「谷中霊園 火焔心中異聞」は、谷中霊園の五重塔で起きた放火心中事件について、著者がとある老人から聞かされた“真相”…あれは心中ではなく偽装殺人だった、という噂を検証する。本書の中でも異色の構成で、かなり好きな回である。あとがきで「他と比べて少し毛色が違う」「何を思って書いたのか、あまり確かな記憶がない」と書かれている公認の異色回は第2章9節「歌舞伎町 霊ホテル」。新宿ホテル街で起きた火災や殺人事件にまつわる怪談についての話だが、最後に語られる著者自身の体験談が鬼気迫る内容である。本書に収められている幽霊怪談の中でもぶっちぎりで怖かったりする。

 

 帯に書かれている「そこに『出る』理由。それは幽霊より怖い。」という京極夏彦の推薦文がすべてを表していると思う。こんな形の知的興奮、なかなか味わえるものではない。机近くの本棚に常備して事あるたびに読み返したい、特濃のノンフィクションである。

★★★★☆(4.5)

 

www.amazon.co.jp