『叫(さけび)』
林巧/2007年/207ページ
東京湾岸埋め立て地で発生した死体遺棄事件を担当する刑事・吉岡は奇妙な感覚にとらわれていた。現場に残されたボタン、遺体の手首に残るロープの跡、すべてが奇妙な既視感を伴っている。おれは、何かを知っているのかー。切なくも禍々しくこだまする叫びが、聞く者を恐怖に陥れる、黒沢清監督映画の完全ノベライズ。
(「BOOK」データベースより)
湾岸埋め立て地で発見された、赤いワンピースを着た女性の死体。奇妙なことに、彼女は海水で溺死させられていた。事件を担当する刑事の吉岡は、現場で見覚えのある白いボタンを発見する。それは彼が以前買ったコートに付いていたものと同じだった。帰宅して自分のコートを確かめてみると、ボタンが1つちぎれて無くなっていた…。
被害者女性の身元がつかめないまま、別の埋め立て地で新たな殺人事件が起きる。殺されたのは男子高校生で、彼もまた海水で溺死させられていた。吉岡は姿を眩ませていた男子高校生の父親を追い、これを捕らえる。父親は犯行を自白したが、吉岡は男子高校生の手首に黄色い塗料の跡が付いているのが気になった。自宅の団地に帰宅した吉岡は、ふと部屋の電気のコードがちぎれていることに気づく。そのコードは黄色い塗料で塗られていた。
「塩水で溺死させられる殺人事件」はなおも続く。吉岡の前に現れる赤いワンピースの女の幽霊は、何かを訴えるかのように恐ろしい‟叫び”を上げ続ける。ふと吉岡の脳裏、「塩水を張った洗面器に、女の顔を無理やり浸ける自分」の姿がフラッシュバックする。いったい自分の過去になにがあったのか? 自分は何を忘れているのだろうか…。
事件を追う刑事が、身に全く覚えのない犯罪に自分が関係しているのではないかと悩むオカルトミステリ。ラストはよくあるパターンと言えばまあそうなのだが、そこに至るまでの過程が見事である。もっとも信用できない相手が自分であると知ったときの恐ろしさ。「これはこうなんやろうなあ」という読み手の予想を裏切り、思いもよらない方向から突き付けられる事実。悪くない。
原作は黒沢清監督の映画作品。いちおう「Jホラーシアター」シリーズの4作目である。謎解きの真相が重要なミステリである以上、映画から観るかこのノベライズから読むかは悩みどころ。ただ、ラストの印象は「とあるセリフ」の有無でだいぶ違ったものに感じられた。
★★★(3.0)