『堕ちる 最恐の書き下ろしアンソロジー』
宮部みゆき、新名智、芦花公園、内藤了、三津田信三、小池真理子/2024年/384ページ
あらゆるホラージャンルにおける最高級の恐怖を詰め込んだ、豪華アンソロジーがついに誕生。宮部みゆき×切ない現代ゴーストストーリー、新名智×読者が結末を見つける体験型ファンタジー。芦花公園×河童が与える3つの試練の結末。内藤了×呪われた家、三津田信三の作家怪談、小池真理子の真髄、恐怖が入り混じる幻想譚。全てが本書のために書き下ろされた完全新作! ホラー小説の醍醐味を味わうなら、まずはここから!
(Amazon解説文より)
「あなたを連れてゆく」(宮部みゆき)-小学3年生の夏休み。「ぼく」はルミ叔母さんと娘のアキラが住む南房総で過ごすことになった。アキラは美少女だったが態度はそっけなく、なかなか打ち解けることができなかった。ある夜、外から聞こえてきた猫の鳴き声にアキラが話しかけるのを見たぼくは、自分も猫に呼びかけたのだが、アキラに「何が見えたとしても、あんたには関係ないから」と叱られてしまう。彼女はとある秘密を抱えていたのだ…。
本アンソロジーの中でももっとも怖くない一編で、ノスタルジックな描写がなんとも心地よい。「少年の夏休み」なんてなんぼ読んでもいいものですからね。シリーズもののプロローグのような構造はちょっと気になるが。
「龍狩人に祝福を」(新名智)-きみは龍殺しの使命を帯びた旅人。ドラゴンを倒すためには、まず武器を調達し、迷宮を守る魔獣の群れを討伐し、ドラゴンの息の根を止める手段を見つけださなければならない。酒場を訪れたきみは、ます腕利きの冒険者たちに話しかけることにした…。
数字のついた章を読み進めつつ、読者の選択に応じて次に読む章が変化するという、いわゆる「ゲームブック」の体裁をとった実験作。きみは「龍殺しの王」ハロルドのような英雄になれるのか。それとも魔物の手にかかって惨めな最期を遂げるのか。それとも…? 本作に関してはとにかく一読して、そして通読してもらうしかない。やってくれたなあ。
「月は空洞地球は平面惑星ニビルのアヌンナキ」(芦花公園)- 猫が川から救出されたところを見ていた「ぼく」に、吊り目で手足の長い妙な男が「羨ましい?」とおかしなことを尋ねてきた。男はぼくのお母さんが川で溺れたことを知っているのだろうか。その後、ぼくの顔を見たおじいちゃんは「お前、河童と話したな」とぼくのことを怒鳴りつけた。河童は取引を好む。1回目がうまくいったら2回目、3回目と続けて取引を持ちかけてくる。おじいちゃんは自分が小学生だった頃、河童と取引した兄の話をしてくれた…。
レプティリアン、月空洞説、地球平面説、人類の起源アヌンナキ説。オカルトに端を発した陰謀論はとうに伝奇ロマンの域を超えてしまっており、ホラーとの相性は悪いと勝手に思い込んでいたが、本作を読む限りそんな心配は杞憂だったようだ。それこそ陰謀論のごとく、複雑怪奇な迷宮じみた構造を持つ要約不能な一作。怪異側の「理屈」は、陰謀論を「わかったつもり」になっている人間などに計り知れるものではないのだろう。
「函」(内藤了)-天涯孤独の石川哲夫のもとに、司法書士から手紙が届く。彼の祖父にあたる人物が亡くなり、遺産として3億円以上の価値がある屋敷を相続できることになったのだという。さっそくボロアパートを引き払い、パチンコ仲間のケンジに手伝わせて屋敷へと引っ越す哲夫。だが当の屋敷はボロボロに古びているだけではなく、無数に貼られたお札、鬼門の方角に作られた玄関、座敷牢に古井戸と、あまりに常軌を逸したクソヤバ物件だった。青ざめたケンジに「絶対やめたほうがいいっすよ!」と言われた哲夫だが、3億円に目がくらんだ彼は聞き入れようとしなかった…。
あまり頭のよくない主人公が、巧妙な罠に絡めとられていく様を延々と見せつけられていくという救いのないド直球ホラー。人死にが次々と起きる幽霊屋敷、というオーソドックスな題材を最新技術で調理した逸品。
「湯の中の顔」(三津田信三)-筆者が新人作家のころ、校閲者のNから聞いた怪談。Nの叔父で新人作家の哲太郎は、叔母の紹介で秘境の湯治場を訪れる。湯治場は農閑期の農民たちで賑わっていたため、哲太郎は人のいない真夜中に露天風呂に入るのが習慣となった。その日も薄暗い電球の明かりの中、露天風呂に浸かっていた哲太郎だが、ふと体が震えるほどの寒気を覚えた。闇の中から湯をかき分けるようにして、頭だけを出した老人が近づいてきたのだ。その姿はまるで生首のようで…。
作者得意のメタな構造を持つ実話怪談。作中でNの怪談と枠組みが似ている話として紹介される、田中貢太郎の「竈の中の顔」は実在する物語である(→青空文庫)。因果のわからないただただ不気味な怪異とショッキングな幕切れが印象的で、なるほどこれは実話怪談のテイストを感じる傑作だ。ただ理解の及ばなさと恐ろしさにおいては、本作に登場する「湯の中から現れる生首」のほうが数段上である。ああ厭だ。
「オンリー・ユー ―かけがえのないあなた」(小池真理子)-司法書士事務所で働いていた「私」は、故人の遺品整理のためP市を訪れる。マンションの管理人・室井は挨拶に来た私を快く迎え、管理人室に招き入れてくれた。妻を亡くした室井は年下のハルミと再婚し、孫ほどに年の離れた連れ子たちと暮らしているのだという。室井一家の仲睦まじさに、温かなものを感じる私。だが、P市を訪れる途中で見た「不思議な儀式」のことを話したとたん、室井の態度は豹変する…。
本人にとってはファンタジックな奇跡も、外の人間から見れば恐怖でしかないという皮肉。美しくもあり哀しくもあり、恐ろしくもある真実に対し、主人公の視線はどこまでも優しい。物語は受け止め方次第で怪談にも美談にもなると改めて思わされる。
書き手は超ベテランから新鋭まで、中身は正統派怪談から実験作まで、「潰える 最強の書き下ろしアンソロジー」以上のバラエティ豊かさが愉しい1冊。「ホラー小説の醍醐味を味わうなら、まずはここから!」という解説文は実に的を射ている。
★★★★(4.0)