『慄く 最恐の書き下ろしアンソロジー』
有栖川有栖、北沢陶、背筋、櫛木理宇、貴志祐介、恩田陸/2024年/336ページ
主役級にこわおもしろいホラー、6作品!
角川ホラー文庫30周年を記念し、最大の恐怖を詰め込んだアンソロジー、待望の第3弾。有栖川有栖×霧に閉じ込められた学生たちの悲劇。北沢陶×大阪の商家で聞こえる、恨めし気な声とは? 背筋×集められた怪談から導かれる真相。櫛木理宇×あなたを追いかける謎の男。貴志祐介×姉の自死を怪しむ妹と叔父の心理戦。恩田陸×車窓から見える看板が描き出す恐怖。本書でしか読めない、夢の競演。ホラーの真髄がここにある!
(Amazon解説文より)
「アイソレーテッド・サークル」(有栖川有栖)-神隠し伝説が残る山へと、夏合宿に出かけた大学生6人。山中を歩いているうちに脇道にそれてしまい、深い霧の中に迷い込んでしまった彼らは、偶然見つけた建物の中で一泊することに。だが一夜が明けると、彼らのうち1人が行方不明になっていた。いまだ晴れない霧の中、消えたメンバーを探しに行く5人。何の成果も得られないまま建物へと戻ろうとしたその時、鋭い悲鳴が聞こえた…!
クローズト・サークルよりも‟隔絶”されたアイソレーテッド・サークルとでも言うべき状況で、正体不明の何者かにより1人また1人と犠牲者が…という王道中の王道シチュエーションを描く。おなじみが過ぎる舞台設定でいかに緊張感を生み出せるか、という作者の挑戦とも思える一編。ラストはあまりにお約束だが、ここに至るまでの過程こそがメインなのでそこはまあベタでいい気もする。
「お家さん」(北沢陶)-大阪は船場の和薬問屋で、丁稚奉公することになった長𠮷。意地悪な跡継ぎの嬢さんに責められ、涙を流す長吉に「つらいなぁ」と声をかけてくれたのは、問屋主人の母親である「お家さん」だけだった。お家さんに「あんたはええ子や」「大事な子ぉや」と言われたことを励みに、長𠮷は仕事に精を出すようになる。だがお家さんは、なぜか問屋一家からは距離を置かれているらしかった…。
大正時代の大阪を舞台に、丁稚の少年と「少し先」が見える不思議な老婆との交流を描く…と見せかけて、読者の感情をぐちゃぐちゃにする悪魔的な1作。個人的には「最恐の書き下ろしアンソロジー」シリーズ3冊の中でもトップクラスの出来だと思う。
「窓から出すヮ」(背筋)-新人作家の私は、次の作品のネタをなかなか決められずにいた。幽霊がやってくる音の話。幼いころの‟一つ目小僧”の記憶。タクシー運転手から聞いた怪談。怖いCMについての都市伝説。いくつものプロットを書き記していくうち、「窓から出すヮ」という奇妙なタイトルのブログ記事が目に留まる…。
脈絡なく語られるいくつもの怪談が、最後に示す恐るべき真相。怪談そのものへのメタな言及…。いかにも作者らしい展開を味わえる一編。繰り返される電子音、徐々に忍び寄る一つ目小僧の影が現実を崩壊させる!
「追われる男」(櫛木理宇)-23歳の会社員である「あなた」は、飲み会で厭味な係長に絡まれ連れ出されたあげく、ソープランドの外で係長を待つ羽目に。だが御機嫌になって出てきた係長は、容貌魁偉な大男とトラブルを起こしてしまう。なんとか係長をなだめてその場を離れるあなただが、大男はいつまでもこちらを睨みつけていた。翌日、社員食堂でテレビを眺めていたあなたは驚愕の表情を浮かべる…。
得体の知れない凶暴な大男にひたすら追いかけられる、というシンプル極まりない筋立てを描くスリラー。予想外の場所に着地するラストで、主人公の二人称が意味を持ってくる巧みな構成だ。
「猫のいる風景」(貴志祐介)-映像作家の篠崎は、自宅のマンションに来た姪の翠とたわいない会話を交わしていた。飼い猫のビグルとトレーグルの話、村上春樹の『ノルウェイの森』の話、そして自ら命を絶った翠の姉・伶美の話。高級なワインをグラスに注ぎつつ、篠崎は考えを巡らせていた。この女、実は‟気づいて”いるんじゃないのか、と…。
姉の自殺に疑問を抱いた妹と、とある秘密を抱えた叔父との心理戦が展開されるサスペンスホラー。妹が優秀すぎ、叔父が迂闊すぎるのであまりハラハラはしないのだが、テンポよく因果応報な結末まで目が離せない。
「車窓」(恩田陸)-同僚のNとの出張を終え、新幹線で帰途についていた私。ビールを開けつつ、車窓から見える富士山にまつわる話をしていると、「酔っ払いの与太話と思って聞いてくれ」とNが思い出話を語り始めた。子供の頃からよく新幹線に乗っていた彼は、車窓から不思議な‟看板”をたびたび見たのだという…。
短くも非常に濃密な一編。最後に私が車窓から見てしまった‟看板”。それを見たNの反応。不穏、かつなんとも言えない余韻を残すラストが見事にアンソロジー・シリーズを締めくくる。
北沢陶、背筋、恩田陸は角川ホラー文庫初登場(のはず)。「アイソレーテッド・サークル」「追われる男」「猫のいる風景」など、シンプルかつソリッドな筋立ての中に技巧を凝らした作品が目立つが、6作すべて、‟ちょっといい話”への着地を許さない直球ホラーであると同時に、作者の「らしさ」も存分に味わえる力作ぞろいだと思う。「主役級にこわおもしろい」とは言い得て妙である。
★★★★(4.0)