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30周年のフィナーレ開幕。最恐執筆陣の名に恥じない読み応え!-『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』

『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』

澤村伊智、阿泉来堂、鈴木光司、原浩、一穂ミチ、小野不由美/2024年/398ページ

希望も潰える恐怖がここに。全編書き下ろしの超豪華アンソロジー!

角川ホラー文庫30周年 記念刊行!

――「考えうる、最大級の恐怖を」。

たったひとつのテーマのもとに、日本ホラー界の“最恐”執筆陣が集結した。
澤村伊智×霊能& モキュメンタリー風ホラー、
阿泉来堂×村に伝わる「ニンゲン柱」の災厄、
鈴木光司×幕開けとなる新「リング」サーガ、
原浩×おぞましき「828の1」という数字の謎、
一穂ミチ×団地に忍び込んだ戦慄怪奇現象、
小野不由美×営繕屋・尾端が遭遇する哀しき怪異――。

全編書き下ろしで贈る、至高のアンソロジー!

(Amazon解説文より)

 

 「ココノエ南新町店の真実」(澤村伊智)-地元民に愛されるスーパーマーケット「ココノエ南新町店」には幽霊が出るという噂が立っていた。フリーライターである主人公は「ハートフル心霊ノンフィクション」と題して、店員や客への取材を通して幽霊騒ぎの真相を追う…。ライターがウェブマガジン編集部に送った原稿、という体裁で書かれており、話が不穏な方向に進むにつれ、編集部からの返信メールにも困惑している様が見て取れるようになる。第三者として怪異を追っていた側が怪異に巻き込まれていく、この手のモキュメンタリーの醍醐味を存分に味わえる。3冊に及ぶアンソロジーの巻頭作としてふさわしい逸品。

 「ニンゲン柱」(阿泉来堂)-スランプに陥ってしまった駆け出し作家の「私」は、ホラー小説の取材のため、「ミハシラ様」という神様を祀っているという根句尼村を訪れる。根句尼村は母の生まれ故郷で、子供の頃に訪れたことがあるはずだが、なぜかその頃の記憶は曖昧だった。到着後、村でたった一つの神社を訪ねた私は、那々木悠志郎と名乗るホラー作家と出会う…。『ナキメサマ』に始まる那々木悠志郎シリーズのスピンオフ短編で、ある意味非常にベタな「村モノ」ではあるが、ビジュアル映えする怪異と、これまた程よくベタなオチがいいアクセントになっている。

 「魂の飛翔」(鈴木光司)-作家・鈴木光司が語る、『リング』の隠されたエピソード。角川ホラー文庫創刊ラインナップの1冊である『リング』には、『らせん』とはまた異なる続編のプロットがあった。とある理由で封印されていた幻のプロットが、今ここに蘇る…。角川ホラー文庫30周年記念アンソロジーとして、これほどふさわしい作品もそうそう無いのではなかろうか。「ズルい!」と叫びたくなるほどの見事な手際。本作から新たな『リング』サーガが始まるらしいが、幕開けとしてはあまりにトリッキーである。

 「828の1」(原浩)-自ら老人ホームに入居した母は、なぜか自分の死期が近いことを確信しているかのようだった。体は健康そのもの、頭もしっかりしているが、時折「はち、に、はち、の、いち」と謎の数字をつぶやいているのが気になった…。「828の1」という数字の“二段構え”の正体とは? 「最恐」という本アンソロジーのテーマに真正面から挑んだ好編。

 「にえたかどうだか」(一穂ミチ)-「死者の声が聞こえる」という自分だけの秘密を持ち、コミュ障を自覚する主婦・那美。一家でマンションに引っ越してきた彼女は娘の千鳥を連れて公園デビューするも、周囲への溶け込めなさを感じていた。同じ階へ同時期に引っ越してきたという女性はホームレス同然の姿で感じが悪く、向こうから話しかけてくれる住民は典型的なおしゃべりおばさんくらい。気疲れを感じていた那美だが、自分と同年代で千鳥と同じ5歳の娘を連れた主婦・容子と意気投合し、友人となる。ようやく新生活に楽しみを見出したものの、「死者の声」は那美の耳から離れずにいた…。誰もが多かれ少なかれ不安を感じるであろう、「引っ越し」と「子育て」はホラー世界への入り口の二巨頭である。オーソドックス過ぎる題材ではあるが、細やかな心理描写で共感性たっぷりに描かれており、読みごたえは抜群。

 「風来たりて」(小野不由美)-小さな丘の麓に建てられた分譲住宅に引っ越してきた梓紗は、夜になるとどこからか不気味な音が聞こえてくることに悩まされていた。同じように悩まされている近所の主婦とともに、「お経でも唱えているのでは?」と、分譲地の裏の古い集落の家へ向かう梓紗。だが訪ねた家の老婆は心当たりが無いらしく、分譲地の住民と集落の老人たちの間でちょっとした対立が起きてしまう…。『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』にも収録されていた「営繕かるかや怪異譚」シリーズの1本。恐怖度自体は控えめなものの、“殉教”に対するシビアな言及は心に残る。人はどう死ぬべきか、という究極の命題について触れられた物語とも言える。

 

 本アンソロジーの冒頭3作は、奇しくも“書き手”が主人公となるモキュメンタリー手法の作品が並ぶこととなった。令和ホラーのトレンドではあるが、3作品とも異なるスタイルでこの手法を扱っており、「流行りに乗ってみた」感が皆無なのは流石である。ラスト2作の前向きさのおかげで読後感はよく、「希望も潰える」ほどの絶望感はないものの各編のクオリティは間違いなく高い。豪華執筆陣を揃えただけのことはある1冊。

★★★★(4.0)

 

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