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愚かに、そして必死に生きる人々を捕らえ食らい尽くす社会福祉の闇-『捕食』

『捕食』

渡辺球/2011年/371ページ

就職活動に失敗し、レストランの契約社員として働く輝は、ある日、年下の上司からカードスキミングを指示される。解雇を恐れ、心を無にしてそれを実行するが、愛人の雪と来店した常連客・黒川に見破られてしまう。罪を着せられ、解雇を告げられた輝に、黒川が誘いかける。自分の運営団体「ライフキュアセンター」で働かないか、と。それが、地獄の始まりだった――。現代社会の歪みに落ち込んだ者たちの末路とは。傑作長編!

(「BOOK」データベースより)

 

 複数の登場人物の主観で描かれる、いくつものエピソードで構成されるノワール長編。彼らの物語が収束した先に現れるのは、人生につまずいた人々を容赦なく捕らえ食らう社会の闇であった。


「この世界をおれを拒絶している」
 就職に失敗した氷河期世代の愚直な青年・輝。レストランで働く彼は年下の上司にカードスキミングの片棒を担がされるが、その現場を常連客・黒川に見破られる。黒川は自らが運営する「ライフキュアセンター」で輝を雇うが、その実態はホームレスの生活保護金をピンハネする組織だった。1人のホームレスに情けをかけたことで多大な損害を出してしまった輝に、黒川は非情な宣告を…。

 

「この世界は私の思い通りにならないもので満ちている」
 中学教師の隆一郎は、とある生徒の脅迫を受けたことで鬱病を発症。療養ののち復職するも、校内にはすでに彼の居場所は無かった。鬱屈した思いは彼の一人娘に矛先を向ける。娘を恫喝し、折檻し、自らの体力が衰え介護が必要になった後も娘を束縛し続けていたのだが…。


「この世界の誰かが私のことをかけがえのない存在だと思ってくれたら」
 自分が原因で姉が交通事故死して以降、両親から愛を注がれることなく育った少女・雪。両親が商売に失敗して夜逃げして以降、男の家を渡り歩いて生活していた彼女は、黒川という男と愛人契約を結ぶことに。黒川と入ったレストランで輝という青年と出会った雪は彼の人柄に惹かれ、平凡ながらも穏やかな生活を夢想するのだった。だが…。

 

「ぼくは常に正しい行動をとることができる」

 公務員として長年勤めあげてきた恒夫。妻を亡くし、息子の輝とは音信不通となった彼だが、再婚相手を探すうちに若く美しい女性・静江と知り合う。親密な態度を見せる静江に、「彼女は自分と結婚したがっている」と確信した恒夫は有頂天になる…。

 

 エピソードの主役となる4人はいずれもいろいろな意味で愚かであり、そうした彼らの心理状態を描くのが非常に巧いため、一気に物語に引き込まれる。恒夫の章なんか、あまりのあんまりさに見ちゃいられませんよ。ばらばらに描かれていたエピソードのつながりが見えてくる終盤は、いわゆる伏線回収がハマっていく快感に脳汁がドバるかのよう。色濃い闇に一筋の光が射すラストも含め、こちらが期待するものをすべてお出ししてくれる傑作である。作者の渡辺球は寡作のようだが、著書はいずれもあらすじの段階で興味が沸くものばかり。いずれ他作品も読んでみたい。

★★★★★(5.0)

 

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