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戦死者の生への執着が、家族を、現実を喰らい尽くす。エゴと怨情の食物連鎖!-『火喰鳥を、喰う』

『火喰鳥を、喰う』

原浩/2022年/352ページ

信州で暮らす久喜雄司に起きた二つの出来事。ひとつは久喜家代々の墓石が、何者かによって破壊されたこと。もうひとつは、死者の日記が届いたことだった。久喜家に届けられた日記は、太平洋戦争末期に戦死した雄司の大伯父・久喜貞市の遺品で、そこには異様なほどの生への執着が記されていた。そして日記が届いた日を境に、久喜家の周辺では不可解な出来事が起こり始める。貞市と共に従軍し戦後復員した藤村の家の消失、日記を発見した新聞記者の狂乱、雄司の祖父・保の失踪。さらに日記には、誰も書いた覚えのない文章が出現していた。「ヒクイドリヲクウ ビミナリ」雄司は妻の夕里子とともに超常現象に造詣のある北斗総一郎に頼ることにするが……。 ミステリ&ホラーが見事に融合した新鋭、衝撃のデビュー作。

(Amazon紹介文より)

 

 「太平洋戦争で死んだ大伯父の日記」と共に、平和な久喜家に巻き起こる怪奇現象の数々。墓石から何者かの手によって大叔父の名前が削り取られ、義弟は何者かに操られるように日記の末尾に新たな文章を書き加えてしまう。「ヒクイドリヲクウ ビミナリ」と。久喜一家の頭に浮かぶ疑念。ひょっとしたら死んだはずの大伯父は、どこかで生きているのでは…? その後も怪奇現象は留まることを知らず、大伯父に関わりのある人間が次々と“消され”ていく。

 中盤、主人公らが巻き込まれている怪異について懇切丁寧に解説してくれる便利キャラが登場。「はは~、そっちの方向に行っちゃうのね」と少々不安になったものの、怪異の正体がなんとなく明らかになってからも本作のテンションは変わらない。むしろ新キャラの登場によって疑念が生まれ、人間関係はこじれ、悲劇は加速していく。結果、たどりついたラストの展開にはもう、いろんな意味で溜息しか出ない。悪意と善意、過去と現在、相容れないものたちが衝突し合えば、どちらか一方は消え去るのみなのだ。それが純粋な想いであろうとなかろうと。

 ミステリ的謎解きはスパイス程度に留まっており、本質は濃厚なホラーである。火喰鳥が象徴するものや、黒幕たる人物の正体と目的については早い段階で知れるのだが、新たな事実が発覚すると同時に読者の予想を越える展開が起きるため、中だるみする箇所がほとんどない。横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞もうなずける、出色の一作。

★★★★★(5.0)

 

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