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現世を彷徨う死者と化した妻。異形の相棒と共に妻を追う夫。卓越した文章力に舌を巻く哀切ホラー-『をんごく』

『をんごく』

北沢陶/2026年/240ページ

第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞 史上初の三冠受賞作!
嫁さんは、死んでもまだこの世にうろついているんだよ――

大正時代末期、大阪船場。画家の壮一郎は、妻倭子の死を受け入れられずにいた。
未練から巫女に降霊を頼んだがうまくいかず、「奥さんは普通の霊とは違う」と警告を受ける。
巫女の懸念は現実となり、壮一郎のもとに倭子が現われるが、その声や気配は歪なものであった。
倭子の霊について探る壮一郎は、顔のない存在「エリマキ」と出会う。
エリマキは死を自覚していない霊を喰って生きていると言い、
倭子の霊を狙うが、大勢の“何か”に阻まれてしまう。
壮一郎とエリマキは怪現象の謎を追ううち、忌まわしい事実に直面する――。

(Amazon解説文より)

 

 大正末期。大阪船場にある実家の呉服屋を出て、東京で画家として身を立てていた壮一郎は、幼馴染みのしずと結婚する。仲睦まじく暮らすふたりだったが、倭子は震災で負った怪我がもとで命を落としてしまう。妻の死を受け入れられない壮一郎は巫女に降霊を頼むが、なぜか倭子の霊は降りてこない。巫女は「奥さんな、去んではらへんかもしれへん」と震え声で呟いた。そしてある夜、壮一郎のもとへ倭子が姿を現すが、かすれた声と冷たい手はどこか歪に感じられた。

 倭子のことを探る壮一郎の前に、異形の存在「エリマキ」が姿を現す。現世をさまよう霊を喰っているというエリマキは「お前の嫁を喰わせろ」と迫るが、当然、壮一郎がそれを認めるはずもなかった。だが、すでに生前とは異なる存在と化していた倭子によって、ついに犠牲者が出てしまう。壮一郎は妻の降霊を頼んだ巫女・密子とエリマキの協力を得て、倭子の行方を追う…。

 

 冒頭の第一章を読むとまず、作者の文章力に舌を巻く。風景描写や心情描写に過剰さがなく、的確かつ細やかなので、すっと物語に入り込める。大正時代の船場という舞台もいきいきと目前に広がるし、一年という短い結婚生活で壮一郎と倭子がいかに心を通い合わせていたかも、しみじみと理解るのだ。だからこそ、妻が得体の知れない存在として現世に留まっていることを知った壮一郎の恐怖と焦燥も痛切に響く。最愛の家族が「死よりもなお悪い」状況に陥っている…これ以上に最悪、かつ恐ろしい事態もなかなか無いだろう。この第一章、ホラー小説の掴みとしては完璧に近い。

 第二章以降も物語の勢いは衰えることがなく、見る者によってその顔を変える異形・エリマキの登場で、話は新たな方向へ転がり始める。一連の怪現象の“黒幕”が明らかになるまでが少々スムーズ過ぎる印象もあり、この辺りでもっと壮一郎とエリマキの活躍を見たかった気もする。エリマキは魅力的なキャラクターなのだが、少し「魅力的過ぎる」のが困りもの。彼(?)の頼もしさと物分かりの良さが、中盤以降の恐怖を多少削いでしまっている感は否めない。

 とはいえ、ビジュアル的にも壮絶なクライマックス、そして迎える穏やかなエピローグは非常に心を打つ。あえてウェットになり過ぎないように描かれているが、読者の心中には様々な感情が渦巻くだろう。

 総じて、作者の今後の活躍が非常に楽しみになるデビュー作だった。ミステリ&ホラー大賞三冠受賞は伊達じゃない。本作のような哀切に満ちた物語も、『慄く 最恐の書き下ろしアンソロジー』収録の「お家さん」のようなおぞましい物語も、もっともっと読んでみたい。そう思わせるだけの卓越した文章力である。

★★★★☆(4.5)

 

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