『世にも奇妙な物語 北川悦吏子の特別編』
北川悦吏子/2003年/169ページ
いつまでもいつまでも、昔の男を待ち続ける純粋で無垢な女の狂気を描いた「昔みたい」、まじめ一徹のサラリーマンが一世一代のダジャレを発表するに至る「つまらない男」、ほんのいたずらに書いたメッセージから理想の恋人が現れた「伝言版」、『世にも奇妙な物語』史上不朽の名作と言われる「ズンドコベロンチョ」等、北川ドラマのもうひとつの原点ともいえる、ユーモアたっぷりのプチホラー8編収録のノベライズ短編集。
(「BOOK」データベースより)
脚本家・北川悦吏子がシナリオを書いた作品をまとめた特別編。角川ホラー文庫で『世にも』をノベライズするなら、この方向性でもっと読みたかったような気がする。
「もうひとりの花嫁」-結婚式の当日、心に迷いを抱えていた繭子は控室から思わず外へ飛び出し、昭和39年の世界へタイムスリップしてしまう。偶然にもその日は、母親の結婚式の日だった。若き日の母が「本当は親が決めた相手とは別に好きな人がいる」と語るのを聞き、母の恋を応援しようとする繭子。しかし、その行動が自分の存在を危うくしてしまうことに気づき…。時間を越えて母娘の奇妙な運命を描くSFチックな一編。
「昔みたい」-日曜日の午後、妻とデパートに来た坂本は10年前につきあっていた恋人と再会する。昔を懐かしむ坂本に、女は「10年前に戻って、昔のようにデートしよう」と告げた。女に言われるままに目を閉じ、再び目を開くと、そこは大きな公園だった…。「もうひとりの花嫁」と同じタイムスリップものだが、ハートフルな「もうひとりの~」とは雰囲気が大きく異なる正統派の怪談。
「ズンドコベロンチョ」-流行に敏感な意識高い系エリートサラリーマン・三上は、自分の知らないうちに「ズンドコベロンチョ」なるものが巷で流行っていることを知る。テレビ番組? バンド名? それとも何かのキャラクター? プライドの高さから「ズンドコベロンチョって何?」という一言が言い出せず、適当に話をあわせようとするもギクシャクしてしまう三上。上司も部下も同僚も、妻も娘も、子供も大人も老人も、今やズンドコベロンチョに夢中らしい…。すさまじい語感のインパクトで「誰もが知っているけど誰も知らない」、もはや牛の首なみのミームと化したズンドコベロンチョ。太田出版の『世にも奇妙な物語』ノベライズ版よりも、原作ドラマに忠実な出来。
「伝言板」-彼氏のいない寂しさから、駅の伝言板に「信ちゃんへ。ポエムで待ってるね。由美より」と、架空の恋人へのメッセージを書いてしまった由美。ところが喫茶店・ポエムで同僚とお茶していると、「ごめん、由美!」遅くなった、と、まさかの‟信ちゃん”が現れる…。駅の伝言板というガジェットが時代を感じさせ過ぎるが、中身自体は古典的なホラーをうまくアレンジした佳作である。
「つまらない男」-真面目で几帳面な40男・遠藤は、妻の世間話に塩対応を続けていたせいで「あなたって、ほんとうにつまらない人ね」と言われてしまう。妻の一言で意外なほどにショックを受けてしまった遠藤は、脱・つまらない男を目指して必死に考えたギャグを飛ばしまくるようになるが、当然ながら周囲は困惑するばかり…。「奇妙」要素がラストの1カットにしかないというコント作品。遠藤の最期の渾身のギャグ、本当にヒドいので逆に忘れられないレベル。
「大蒜(ニンニク)」-八百屋に寄ったものの誰もおらず、つい出来心で大蒜をひとつ万引きしてしまった陽子。すぐに後悔し、カレーに入れるつもりだった大蒜は冷蔵庫の奥にしまい込まれるが、陽子の罪悪感はどんどん膨らんでいき、ノイローゼ気味になってしまう…。あまりに不条理過ぎるオチが素晴らしく、恐怖と笑いが紙一重であることを改めて教えてくれる快作である。
「隣の声」-恋人・高橋に手ひどく振られてしまった美佐子。ふたりの想い出のユーミンのレコード『あの日に帰りたい』にも傷がついてしまったことを知り、意気消沈しつつゴミ置き場に捨ててしまう。だがその日の夜、美佐子が高橋と電話している最中、隣の部屋からユーミンの『あの日の帰りたい』が飛び飛びに聴こえてくることに気づく。隣人が自分の捨てたレコードを拾い、わざわざこのタイミングを狙ってレコードをかけたのでは…? 疑念が恐怖を生み、膨らんでいくさまを描く一編。
「すみません、握手してください」-44歳のサラリーマン・波之浜茂(経理担当)は、ananの「寝たい男」ランキングで見事1位に躍り出る。金城武や浅野忠信、トヨエツにキムタクを抑えての快挙に、世間はナミハマブームで熱狂。町を歩けば女子高生から「すみません、握手してください」と大人気、テレビ局からもドラマ出演のオファーが次々に舞い込んでくる。満を持して開催されたコンサートでは、舞台の上でコピーを取ったり、電話に応えたりと普段通りの仕事をするだけで大歓声が沸くのだった…。「マスコミが作ったブーム」を皮肉るというわりとよくあるテーマながら、祭り上げられる対象の波之浜が普段とまったく変わらず飄々としているのが印象的。
スペシャルの「特別編」だけではなく、毎週のレギュラー放映時の作品も多く、全体的にコンパクトにまとまっている。散りばめられた時事ネタもテレビドラマらしく、「『世にも』ってこういう雰囲気だったよな~」と懐かしむことができる。凡庸な話もなくはないのだが、「大蒜」「ズンドコベロンチョ」はシュールかつ不気味な笑える名作である。
表紙はアランジアロンゾの「オサゲオンナ」なるキャラクターらしいが、このオサゲオンナが何者なのかは全然説明が無い(作中キャラでもない)。怖い。
★★★(3.0)

