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語り手を捕らえて離さない‟過去”を描く8編。これぞ怪奇小説の語り口-『懐かしい家』

『懐かしい家 小池真理子怪奇幻想傑作選1』

小池真理子/2011年/256ページ

夫との別居を機に、幼いころから慣れ親しんだ実家へひとり移り住んだわたし。すでに他界している両親や猫との思い出を慈しみながら暮らしていたある日の夜、やわらかな温もりの気配を感じる。そしてわたしの前に現れたのは…(「懐かしい家」より)。生者と死者、現実と幻想の間で繰り広げられる世界を描く7つの短編に、表題の新作短編を加えた全8編を収録。妖しくも切なく美しい、珠玉の作品集・第1弾。

(「BOOK」データベースより)

 

 本書と『青い夜の底 小池真理子怪奇幻想傑作選2』は、ふしぎ文学館『くちづけ』に収録された14作品に、新作である表題作を加えた再編集版。当時の作者のあとがきは『青い夜の底』のほうに収録されている。

 

 「ミミ」-両親と婚約者を事故で亡くした「わたし」は、小さなピアノ教室を開いて日々を過ごしていた。そんなある日、ミミという少女が祖母に連れられてピアノを習いにやってくる。交通事故で家族を亡くしたという、自分と同じような境遇のミミは「わたし」になついてくれるのだが…。非常にオーソドックスな‟怪異”を描いた王道の怪談だが、語り方でこうも恐ろしいものになるとは。これぞ小池真理子といった趣のある一編。

 「神かくし」-「私」の身の回りでは、行方知れずになる人が相次いでいた。小学生の頃の友人だった伸子ちゃん。婚約者だった智彦さん。そして、母の七回忌で田舎に帰って来た私に対し、母を愚弄した登代子おばさんも…。己の境遇を嘆きこそすれ、神隠しにあった人々の‟末路”を眺める私の視点は冷徹な無関心そのものだ。

 「首」-心霊学に傾倒していた兄は、「僕が美津江より先に死んだら、お前だけには死後の世界の秘密を教えてやる」と言っていた。美津江が小学5年生になった春、兄はトラックにはねられ事故死してしまう。そして、兄は約束を果たしに帰って来た…。他の作品とはやや趣の異なる「恐怖」が描かれる作品。永遠であれども人は孤独なのか。

 「蛇口」-雄一の前にたびたび現れる、彼にしか見えない「蛇口」。その蛇口は親しい人の死、あるいは死からの生還を告げる不吉の象徴であり、幸運の象徴らった。今、自分の妻の死を願いつつ暮らす雄一の前に、十数年ぶりに蛇口が現れた…。オチ自体に意外性はないのだが、‟最期”の描写の真に迫りっぷりが良い。

 「車影」-25年前、行方不明になった祖母は黒いタクシーに乗っていった。15年前、世をはかなんでいた友人も、黒いタクシーに乗ったまま姿を消してしまった。彼女からは真っ黒に塗りつぶされた絵葉書が届いた。そして今、癌の検診を終えて病院から出てきた私の前に、あの黒いタクシーが…。死を運ぶタクシーというモチーフ自体は分かりやす過ぎるくらいだが、黒い葉書

 「康平の背中」-カメラマンだった康平と、道ならぬ恋に堕ちた「私」。事情を察した康平の妻は康平と私を罵倒し、付け回し、康平が事故死した際も侮蔑の言葉を投げつけてくるのだった。時は過ぎ、60過ぎの男性に料亭に呼び出され、求婚される「私」。なんの感情も沸かぬままにいる彼女の前に、康平の幽霊が背中を見せる…。美しい過去を穢し、あざ笑う圧倒的な‟悪意”の存在に心冷える厭ぁな話。

 「くちづけ」-夢を見た。髷を結った若様になり、男の背におぶさったままどこかへ連れていかれる夢を。男と歩き始めて、もう二千年にもなるという…。美しくも悲しく、そして短くも果てなき旅路を描くショートショート。

 「懐かしい家」-夫と別居することになった私は、死んだ両親や伯母が住んでいた実家でひとり暮らしを始めることにする。不思議と孤独を感じることはなく、‟懐かしい存在”と共に穏やかな生活を送る彼女。しかし…。解説の飴村行の言う通り「心温まる物語」ではあるのだが、ラストは相当に不気味である。

 

 さすがのクオリティの短編集で、「ミミ」「康平の背中」は唸らされる逸品。アイデア自体は凡庸に思われる話もあったが、語り口が本当に素晴らしく、「今まさに怪奇小説を読んでいる」という気にさせてくれた。良。

★★★★☆(4.5)

 

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