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あまりに鮮烈なラストと、乱歩得意の一人二役トリックを堪能できる2編を収録-『パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション⑥』

『パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション⑥』

江戸川乱歩/2009年/219ページ

売れないもの書きの廣介は、極貧生活ながら、独特の理想郷を夢想し続けていた。彼はある日、学生時代の同窓生で自分と容姿が酷似していた大富豪・菰田が病死したことを知り、自分がその菰田になりすまして理想郷を作ることを思いつく。荒唐無稽な企みは、意外にも順調に進んでいったのだったが…。ほかに「石榴」を収録。妄想への飽くなき執念を描くベストセレクション第6弾。

(「BOOK」データベースより)

 

 「一人二役トリック」が登場する2編を収録。ただ、どちらもトリック自体とは別の部分が大きな魅力になっている。

 「パノラマ島綺譚」は自分と瓜二つの大富豪に成りすました夢見がちな男・人見廣介が、自分の妄執を実現させた大パノラマの理想郷を孤島に創り上げる話。前半の土葬された腐ってズルズルの死体を担ぎ上げる部分などはゾワゾワするものの、なりすましの手段自体は特に目新しいところはなく、終盤は唐突に表れた名探偵が唐突に事件を解決してしまうような展開なので、探偵小説としては凡庸な作品と言える。見どころは中盤、作品のテンポを崩す勢いで延々と続くパノラマ島の摩訶不思議な描写だ。パノラマ島はありとあらゆる自然を人工の建造物の中に押し込めた偽りの世界であり、そこでは生きた人間も情景を彩るパーツの1つとしてしか扱われない。歪ながらも幻想的なパノラマ島は人見廣介の心象風景そのものであり、最後は彼自身がパノラマ島の全景へと散華し、一体化する。ちなみに映画『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は本作をベースにしながらも『孤島の鬼』をはじめとする様々な乱歩作品のエッセンスを取り入れたオリジナルに近い脚本だったが、ラストの花火のシーンについては本作とまた異なる美しさを放っていた。

 「石榴」は探偵小説好きの刑事が、温泉宿に逗留中のこれまた探偵小説好きの紳士に語る、過去に自分が担当した「硫酸殺人事件」の話。廃屋で発見された、硫酸で顔が焼かれた惨殺死体。その顔面は割れた石榴のごとくであった。死体はその着物から行方不明になっていた饅頭屋の主人と判断された。同じく、事件が起きたころに姿を消したライバル店の主人が容疑者としてあがったのだが…。乱歩お得意の一人二役トリックにもう一捻り入った構成と、語り手と読み手を愕然とさせる鮮烈なラストが印象的な一品。

★★★★(4.0)

 

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