『こわい本10 顔』
楳図かずお/2022年/368ページ
きれいになりたい。
あの人の心を手に入れたい――。お前なんかガケから落ちて死んじまえ! 岩で顔を打ってもっと不細工になれ――少女が怒りにまかせて書いた手紙が、婚約したばかりの女性の運命を変えていく……驚きの結末が待ち受ける「偶然を呼ぶ手紙」。優しく美しい姉が事故で美貌を失った時から、姉妹のいびつな関係が浮き彫りになる「おそれ」他、「谷間のユリ」「死者の行進」「面」の全5篇。美醜への執着と、外見に翻弄される哀しさ。人間の本性を容赦なく炙り出す1冊。
(Amazon解説文より)
「偶然を呼ぶ手紙」-遅刻を先生に注意された洋子は大いに腹を立て、「はいけい ぶた女 お前みたいな者は永遠にお嫁になんか行けないわ」「ガケから落ちて死んじまえ」「岩で顔を打ってもっとぶさいくになれ」などと罵詈雑言を連ねた手紙を書いてうっぷんを晴らしていた。でたらめな住所に「山田すず子」と適当な宛名を書いて投函し、ようやくスッキリした洋子だったが、彼女の書いた手紙が偶然にも山田すず子さんの元に届いてしまう。不美人だが優しい心を持ち、職場の男性との結婚を控えていたすず子は大いに傷つき家出してしまった。ニュースで事の顛末を知り、「山田すず子が崖から身を投げた」と聞いた洋子はショックを受けるのだが、誰にも相談することができず…。ちょっとしたイタズラ・悪意が取り返しのつかない状況に拡大していく様を描く怖いお話。これくらい脅かしておいたほうが、よいこの読者の教訓になっただろう。
「おそれ」-美人の姉が顔に大けがを負い、醜い傷跡が残ってしまった。嫉妬と絶望のあまり狂気に陥った姉は、妹に命じて若い女性を家に連れ込ませるようになる。生きたまま顔を剥いで自分に移植しようとする姉だが、当然うまくいくはずもなく、家には無惨な死体がゴロゴロと…。もっとも恐ろしく醜い正体が最後に明らかとなるホラーミステリ。
「谷間のユリ」-地味な容姿の主人公は、ただただ仕事に専念する毎日を送っていたが、隣のビルのオフィスに勤める冴えない中年男性に恋心を抱くようになる。だが男性にいずみという恋人がいることを知った彼女は、いずみの顔に硫酸をかけて醜く焼いてしまう…。歪みっぷりと身勝手さが尋常ではなく、恐怖度という点ではかなりのもの。トンデモホラーゲーム『四十八(仮)』に丸パクリされたことでも有名だが、後味の悪さはむろん本家のほうが勝る。
「死者の行進」-昭和18年。ラバウルからニューギニア近くの島に送られた少年兵・山川太郎二等兵が所属するその隊は、島の北部にある本部へ向けて死の行進を続けていた。隊を率いる大海大尉はサディスティックな気性の持ち主で、若い山川二等兵は目の敵にされていた。多くの犠牲者が出る中、あと3日ほどで本部にたどり着くという地点で隊の全員がマラリアにかかってしまい、数少ない薬を求めて醜い争いが起き…。楳図かずお作品としては珍しい戦争モノで、掲載当時は「新境地」としてもてはやされたらしい。鬼気迫る描写や最大の敵が味方自身という皮肉、ただ虚しいだけのラストと、戦争の不条理さが100%詰まった佳作。
「面」-武将・鷹影は勇猛果敢で知られていたが、その子供である鷹輝は気弱でおとなしい性格だった。息子の身を案じた鷹影は、自らの威容に満ちた顔を面師に彫らせ、その面を大広間に飾らせる。鷹影亡き後、鷹輝が城主として跡を継いだのちも、鷹影の面はその堂々たる風貌で配下に睨みを利かせていたが、死後もなお父親と比較され続ける重圧は鷹輝の心を少しずつ蝕んでいき…。余韻のないスパっとした幕切れが印象深い。
純粋な「怖さ」という点では、「こわい本」シリーズの中でもかなり上位に来ると思われる傑作巻である。巻末企画は宮藤官九郎、湯浅政明による寄稿。
★★★☆(3.0)

