『闇の聖天使 ヴェネツィア・ヴァンパイア・サーガ』
篠田真由美/2018年/336ページ
1999年、世界は数々の怪奇現象に見舞われていた。東京直下大地震を生き延びた少年ヒカルは、ヴェネツィアに流れ着く。瀕死の彼を救ったのは、アラブ系らしい彫り深い顔立ちの執事と、菫色の眸を持つ美少年だった。だが、生まれつき不思議な力を持つヒカルは、謎めいた主のある秘密に気づいてしまう。折しも、過去の魔手がヒカルに迫ろうとしていたー。頽廃した水の都を舞台に、光と闇の熾烈な闘いを描く、壮大で美麗な物語。
(「BOOK」データベースより)
21世紀初頭のヴェネツィア。1996年に起きた“黒い潮(アクア・ネーラ)”により、かつての美麗な観光都市は薄汚れた退廃都市となっていた。この街を守護するのは、菫色の眼をした美少年、アナスタシオ・マリーノ・ファリエル。執事のイズラエール、数多の従者たちと共に暮らす彼は数百年の時を生きる吸血鬼(ヴァンピロ)であった。
星の無い夜、アナスタシオは男娼館から逃げてきた日本人の少年・ヒカルを発見する。1999年に起きた直下型大地震とメルトダウンで日本は崩壊し、多数の難民が生まれていた。少年を追っていたチンピラを始末したのち、アナスタシオはヒカルを館に招いて保護することにしたが、ヒカルの行方を探している何者がヴェネツィアに侵入していることに気づく。ヒカル少年は霊媒能力を持つ名家・九条一族の末裔であり、ヒカル自身も他人の心を読む超能力を持っていた。九条家の使い・野口から自らの出生について聞かされたヒカルは、日本国の政治にも多大な影響力を持つという当主・九条正鉄が、生き別れた孫であるヒカルを捜索していることを知る。恩人であるアナスタシオのため帰国を拒むヒカルに対し、野口は「あれは人の命を喰らう化け物なんだ」と告げる。
野口と別れたのち、夜の街を歩くアナスタシオの後をつけたヒカル。意志を持つかのように襲い来るアクア・ネーラの黒き水を撃退するファリエルの姿を見て、「やっぱりファリエル様はヴェネツィアの守護天使なんだ!」と感動に震えるヒカルだったが、力を使い果たしたアナスタシオが街のチンピラの首筋に唇を寄せ、渇望のままその血を吸い尽くす姿も目撃してしまうのだった…。
世紀末の大異変により退廃した世界、美形の吸血鬼と美形の執事、大いなる力を秘めた少年。このお膳立てだけで完璧でっしゃろ、というくらいツボを押さえている。無敵のヴァンパイアではあるが心情的には繊細なアナスタシオ、有能かつ忠実なしもべであると同時に相当に複雑かつ謎めいた背景を持つイズラエール、よくあるタイプの霊感少年かと思いきや予想外の能力を持つ大物だったヒカル、明らかに怪しいのにまったく隙を見せない野口、美少年の尻ばかり狙うヴェネツィアのチンピラといったキャラクター陣は王道ながら活き活きしており、ノストラダムスの大予言的な異変が頻発するパラレルの20世紀末…という舞台も意外と新鮮で良い。耽美モノに興味がなくても、ダーク・ファンタジーとしてじゅうぶん楽しめる。ちなみに本作はアナスタシオ・マリーノ・ファリエルが登場している「龍の黙示録」シリーズの世界とはパラレルな関係とのこと。
★★★(3.0)