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死を知り、死を悼み、死に憑かれ、死に怯え、そして死ぬまでの死の物語-『そこに、顔が』

『そこに、顔が』

牧野修/2010年/313ページ

「そこに顔が」そんな言葉を残して、大学教授だった高橋の父が自殺した。遺品整理で見つけた父の日記には、不気味な人体実験の経緯と、黒い影のような“顔”につきまとわれる妄想が書かれていた。その時ふと背後に、何かの気配を感じる高橋。さらに父と同様、邪悪な“顔”にとりつかれた人々が次々と現れて!?果てしなく連鎖していく、死への欲動と爛れるような悪意。その“顔”を見たものは、必ず死ぬー!戦慄のリアルホラー。

(「BOOK」データベースより)

 

 高橋の父、中田一郎が自殺した。大学教授としては慕われていた彼だが家庭人としては失格で、母と離婚して以降は高橋もほとんど顔を合わせることはなかった。そんな中田の遺品の中に、日記がつづられた3冊の大学ノートがあった。日記に書かれていたのはぼんやりとした顔の幻覚を見る妄想。そして、幻覚を見るきっかけとなった忌まわしい人体実験の記憶…。

 そんなある日、高橋のもとに父と同じ学部の教授だった掘田という男が連絡してくる。何かにおびえているような堀田は、父の最後について要領を得ない質問を繰り返す。どうやら彼も‟顔”の幻覚を見ているようなのだ。父のノートのコピーを渡すことを約束して数日、堀田もまた自ら死を遂げた。

 父の勤めていた大学で、院生の千鶴と出会った高橋は、父や堀田のほかにも教授たちが続けて自殺していることを知る。さらには、ノートのコピーを頼んでいた知人まで…。一連の不審な死には、何が隠されているのだろうか?

 

 不気味な「顔」を見た者は死を遂げる…。という、あらすじだけならなんとも古典的な怪談である。だが本作はどんよりとした重さ、鬱々とした雰囲気においてはズバ抜けており、ホラー小説の中でもここまで死の臭いが色濃く漂っているものはなかなか見ない。曇天に覆われた葬儀会場、孤独な故人の遺した家族写真、死の恐怖に取り憑かれた知人、死を弄ぶ陰惨な実験…。読むだけで気が滅入るイメージが詰めに詰め込まれており、黒幕の連続殺人鬼などよりもこうした全体の空気のほうがよほど怖い。終始陰鬱なまま進む物語はラストにおいてようやく一筋の光を見せるが、それは生の喜びを謳歌するような陽光ではなく、ほのかに灯る静かな鎮魂の想いである。

★★★☆(3.5

 

著者 : 牧野修
角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日 : 2010-11-25

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