『彼岸花』
長坂秀佳/2000年/479ページ
何者かに誘われるように晩秋の京都に出かけた、女子大生の有沙、融、菜つみは偶然、新幹線の中で知り合い、すっかり意気投合する。楽しい旅行のはずだったが、やがて3人は身の毛もよだつ恐怖に、次々と襲われる。追いかけてくる、無気味な舞妓“お篠さま”。そして、行く先々に置かれた彼岸花の意味とは…?怪筆、長坂秀佳が書き下ろす「弟切草ワールド」待望の第2弾。
(「BOOK」データベースより)
女子大生の六条有沙は、ポストに投げ込まれていた新幹線のチケットで京都に向かう。チケットの送り主は誰なのか…。有沙の元恋人・紀氏亨は1年前、京都で首を斬られて殺されていた。亨は異常性格者で、裏では有沙のことをいたぶる卑劣な男だった。
女子大生の水元融は、父親の誕生日祝いでもらった新幹線のチケットで京都に向かう。融の手元には、1年前に別れた元恋人・岸川トオルが送り付けてきた7枚の写真があった。写っているのは彼岸花の振袖を着た女…。トオルは異常性格者で、裏では融のことをいたぶる卑劣な男だった。
女子大生の川原菜つみは、新幹線で京都に向う。1年前に死んだ元恋人・旗矢東児の霊が彼女にささやいたのだ。自分は‟きこくじ”で殺された、と…。東児は異常性格者で、裏では菜つみのことをいたぶる卑劣な男だった。
新幹線の車内で出会った有沙・融・菜つみの3人は意気投合。‟鬼谷寺”なる場所を探している菜つみの提案で京都の寺巡りをすることになるが、彼女らの行く先々で不穏な出来事が起きる。白塗りの舞妓「お篠さま」の影。3人の記憶と体験の不自然な一致。1年前の殺人事件を調べているという刑事・柚木忍の接触。たびたび彼女らの前に姿を現す彼岸花…。
幾たびのトラブルが重なり、有沙・融・菜つみは導かれるように温泉付きの民宿・「鬼哭寺」へとたどり着く。彼女らを出迎えた女将・志乃に勧められるまま、一泊することにした3人。これまでの不安と焦燥から、いつしか肌を重ねあう有沙たちを、邪悪な何者かが見つめていた。
ゲーム版のシナリオを原作者が大胆にアレンジしたノベライズ『弟切草』の続編。後に本作をベースにしてゲーム版『彼岸花』が発売されているが、サウンドノベルというジャンルを確立したゲーム版『弟切草』の足元にも及ばない完成度で、評判は芳しくない。
ではこの小説版『彼岸花』の出来はというと、正直かなりカオス寄りの内容である。お嬢様な有沙、スポーティな融、ボクっ娘の菜つみというキャラ立てはいいのだが、この3人の間で交わされる会話がすさまじく、どこでどう取材したのかと思わせるほど。理解しがたいテンションで繰り広げられるダジャレやギャグの応酬もヤバいが、「キャピピ」、「キャポポ!?」、「ギャッピー!」、「キャパでキャピでミラクル!」など、死にかけのポケモンみたいなセリフを乱発する菜つみは特に酷い。彼女らも行動も無理やり感が強く、どんなに恐ろしい目にあっても30秒で忘れているとしか思えないほど出鱈目で、まったく説得力がない。3人の元カレの名字すべてが‟きし”と読めることに気づき、「彼が‟岸”で花…? それって彼岸花じゃん!」とか言い出す辺りも「花はどっから来たんだ」という疑問がほったらかしにされていて大変良かったと思う。
中盤以降、怪しげな旅館に到着し、温泉でのサービスシーンを経てからの怒涛の展開はそれなりに面白い。視点がコロコロ変わる文章がいい具合にミスリードを生んでいるし、あまりにムチャな展開もパワーですべて押し切ってしまう豪快な作劇には惚れ惚れする。ところどころは前作『弟切草』と類似しているが、最後に明かされる真実はまったく異なるものだ。
振り返ってみれば、構成、キャラクター、その行動、セリフ、舞台設定、真犯人、トリック、真相、すべて常軌を逸しているのだが、それらが渾然一体となって妙な調和を生み出している。怪作としか言えない。あとがきによると、本作は京都を舞台にすること、女子大生3人を主人公にすることは最初に決めたらしいのだが、長坂氏は「自分は京都のことも20歳の女性のことも何にも知らないので、大変苦労した」と述懐している。じゃあなぜそんな題材を選んだのか凡人にはさっぱり理解できないが、ともかくそのおかげでこのような作品が生まれたのだから、大ベテランの鋭い霊感には感服するしかない。
★★★(3.0)