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ホラーにSF、サスペンスにエッセイに幻想小説…。絢爛たる吸血鬼小説の宴!-『血と薔薇の誘う夜に』

『血と薔薇の誘う夜に 吸血鬼ホラー傑作選』

東雅夫(編)/2005年/342ページ

優しく獲物を誘惑しては、首筋に牙をたて甘い鮮血を啜る永却の不死者、吸血鬼。エキゾティックでエロティックなその妖魅は、柴田錬三郎から三島由紀夫まで古今の人気作家たちを魅了してきた。人間輩には及びもつかない耽美と背徳の淫靡な世界を描きつくす、吸血鬼小説アンソロジーの決定版!至高の美、ここに極まる。

(「BOOK」データベースより)

 

 編者は人選・内容ともにバラエティ豊かなテーマ別アンソロジーを編纂している東雅夫。本書も百物語アンソロジー『闇夜に怪を語れば』、髪の毛アンソロジー『黒髪に恨みは深く』などと同様に資料的価値も高く学びがあり、何より読んでて面白い。こだわりのセレクトが光る名アンソロジーである。

 

 巻頭作、三島由紀夫「仲間」がまず素晴らしい。ロンドンの夜を歩く奇妙な親子と、青白い顔をして「あの人」と呼ばれる男の物語。そもそも吸血鬼かどうかは明言されておらず、妖しく美しい闇の眷属の話…かどうかも明言はされていないが、短いページ数で読者を無限の想像へといざなう濃密な一編である。須永朝彦「契」は、犠牲者をパートタイムで募集する吸血鬼の優雅で無惨な日常を描くショートショート。中井英夫「影の狩人」は夜ごと酒場に顔を見せる、博学で影のある話題を好む男に惹かれる青年の物語。倉橋由美子「ヴァンピールの会」は真紅のワインをたしなむ奇妙な一団の話で、本書の中ではこういうストレートな吸血鬼話がかえって新鮮。

 種村季弘「吸血鬼入門」は、かつて『吸血鬼幻想』という本を書いた著者のエッセイ風にはじまり、急転直下のオチが決まる快作。夢枕獏「かわいい生贄」には従来のイメージを覆す、薄らハゲで肥満体のロリコン中年親父吸血鬼が登場。

 梶尾真治「干し若」は傑作。廃棄業者の青年が古タイヤを捨てに行く途中に寄った食堂では、「俺たちは吸血鬼を退治して日本を救った! と主張するオッサンらが集まっていた。あまりの突拍子もなさに辟易とする青年は、その場に居合わせた「血液センター新鮮な血液を届けに来た」という男と逃げ出すのだが…。日常から異常へのスイッチングが見事なSF伝奇ホラー。新井素子「週に一度のお食事を」は日本に吸血鬼が蔓延、吸血鬼向けの生活用品も普通に売り出され、吸血鬼の人権を訴える政党まで登場し…というSF短編。ラストの一言で煽られる不穏な未来、目から鱗の発想である。菊地秀行「白い国から」は、雪降りしきる北国の情景と血の赤が映える幻想短編。主人公の勤める学校の周囲では、何者かに襲われて血を抜かれるという事件が多発していた。そんな折に転校してきた、ガラスのように華奢な社長令嬢を見た主人公はなぜか狼狽してしまう…。赤川次郎「吸血鬼の静かな眠り」。中学一年生の敏子とその一家が越してきた家の地下室には、大きな棺があった。棺に触れた敏子の脳裏に「私を動かしてくれ」という何者かの言葉が浮かぶ。驚いた敏子は親に報告するが…。吸血鬼そのものは登場しないのだが、青ざめた顔の人が「なんでもないよ」とニコニコしながらこちらを手招きしてくるシーンがまた恐ろしい。

 江戸川乱歩「吸血鬼」は、死後に棺の中で蘇るという吸血鬼の特性と、その‟恐ろしさ”について語るエッセイ。吸血鬼に襲われる側ではなく、吸血鬼にされた側が感じる恐怖に着目しているのはさすが乱歩である。柴田錬三郎「吸血鬼」。精神科医である主人公は、若い妻を亡くした旧友が、その遺体を荼毘に付すことなく手元に置いておくという奇行に及んでいることを知る。旧友を立ち直らせるために一計を案じた主人公だが、その目論見が最悪の結果を生んでしまう…。本書の中でも随一のグロテスク描写が冴える一編。中河与一「吸血鬼」。若くして死んだ母の代わりに父親が連れてきたのは、歯が抜け髪は白く腰は曲がりかけという女だった。反発した娘は荒れに荒れ、不摂生な生活を送るようになる。一方で老いていたはずの女は、少しずつ肌つやを取り戻していき…。活力を吸いとる吸血鬼の、あまりに普遍的な実体とは。城昌幸「吸血鬼」は、エジプトを舞台に繰り広げられる吸血鬼譚。エジプトは吸血鬼の起源のひとつとして数えられているらしいが、なかなか新鮮である(エジプトが舞台の吸血鬼作品と言えば『ジョジョの奇妙な冒険』を最初に思いつくが)。松居松葉「血を吸う怪(E&H・ヘロン原作)」は翻訳吸血鬼小説の嚆矢と言える作品とのこと。とある屋敷で起こる吸血事件、その真相は蘇ったミイラとコウモリが協力して人々を襲っていたというものだった…。註によれば原作にはコウモリなど出てはおらず、vampire=吸血鬼という概念が存在しなかったために起きた誤訳とのこと。百目鬼恭三郎「日本にも吸血鬼はいた」は夜叉に水餓鬼、吸血グモに吸血イタチといった日本古来の血を吸う化け物たちを紹介している。

 

 さすがにクオリティの高い秀作ぞろい。特に三島由紀夫「仲間」、梶尾真治「干し若」、新井素子「週に一度のお食事を」の3作は飛びぬけていたように思う。

★★★★(4.0)

 

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