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“ひとぶた”の身体を持つ少女、吸血鬼退治に没頭する少年、読者を芸術へと導く本…。揺らぎが狂気を生む3つの中短編-『人獣細工』

『人獣細工(にんじゅうざいく)』

小林泰三/1999年(復刊:2023年)/256ページ

パッチワークガール。そう。私は継ぎはぎ娘。

先天性の病気が理由で、生後まもなくからブタの臓器を全身に移植され続けてきた少女・夕霞。
専門医であった父の死をきっかけに、彼女は父との触れ合いを求め自らが受けた手術の記録を調べ始める。
しかし父の部屋に残されていたのは、ブタと人間の生命を弄ぶ非道な実験記録の数々だった……。
絶望の中で彼女が辿り着いた、あまりにおぞましい真実とは(「人獣細工」)。

読む者を恐怖の底へ突き落とす、『玩具修理者』に続く第2作品集。

(Amazon解説文より)

 

 表題作「人獣細工」は、医者である父親によって彘(ぶた)の臓器を移植された少女の独白。心臓も肺も胃も腸も、動脈も神経も骨も筋肉も、身体のあらゆる箇所が彘のそれと入れ替えられた彼女。移植された体はどこまでが、いつまでが自分であり、自分でないのか。父が遺した移植手術の資料を探る彼女に突き付けられる、最後の残酷な真実とは――。オチがあまりに見事過ぎて逆に推察しやすそうではあるが、アイデンティティの揺らぎという恐怖をこういう形で描き切った作品は類を見ない。
 「吸血狩り」は、主人公が8歳の頃に遭遇した“吸血鬼”について、ノスタルジィを交えつつ語られる一編。従妹を毒牙に掛けんとする“吸血鬼”に対し、主人公はにんにく、十字架、鏡、流水といったあらゆる手段を用いて退治しようとするのだが…。解説で朝松健が指摘している通り、「それは果たして本当に吸血鬼だったのか?」という肝心な部分がぼやかされており、厭な後味を残す。まあマトモな人間は「ししょくきょうてんぎ」を少女に渡したりしないと思うが。
 本書の半分を占める中編「本」。小学校時代の同級生から届いた「芸術論」なる古びた本。その冒頭には「必ず最初から読むこと」「飛ばし読み、斜め読みは禁止」「最後まで読み通すこと」などという注意が書かれていたが、内容はじつに退屈かつ要領を得ないものだった。注意書きを守ることなく適当に読み進める主人公だったが、旧友と話しているうちに同じ本が当時のクラスメイトたちの元にも届いていることを知る。しかも彼らのうち少なくない人数が死亡したり発狂したりしているという。指がちぎれるまでピアノを弾いたり、ダンスに目覚めて踊りながら家を出て行方不明になったり、塀に絵を描き殴ったり…。読むものの精神に変調をきたす「本」の正体とは? 作品中で語られる芸術論そのものも興味深く、えげつない状況も作中人物の関西弁のおかげで妙にコミカルな雰囲気があり、実に作者らしい味のある一編。ただ電子書籍が当たり前になった今現在では、多少事情が変わってくるかもしれない。

 収録されている3編、いずれも「境界のあいまいさ」が書かれた作品である。人なのか彘なのか、吸血鬼なのかそうでないのか、本に書かれているのは誰なのか…。境界の揺らぎが狂気を生み、狂気はまた恐怖を生む。「人獣細工」は狂気と妄執の被害者、「吸血狩り」は加害者、「本」は観測者の立場から語られているのも面白い。被害者から見れば純粋な恐怖であり、加害者は自らの狂気に気づかず、巻き込まれる観測者はどこか滑稽でもある。一読忘れがたい作品集と言えよう。

★★★★(4.0)