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窮地に陥った男の肉体に起こるおぞましき奇跡。分類不可能な異形作-『化身』

『化身』

宮ノ川顕/2011年/275ページ

まさかこんなことになるとは思わなかったー。日常に厭き果てた男が南の島へと旅に出た。ジャングルで彼は池に落ち、出られなくなってしまう。耐え難い空腹感と闘いながら生き延びようとあがく彼の姿はやがて、少しずつ変化し始め…。孤独はここまで人を蝕むのか。圧倒的筆力で極限状態に陥った男の恐怖を描ききる。緻密な構成と端正な文章が高く評価された、第16回日本ホラー小説大賞大賞受賞作「化身」ほか2編を収録。

(「BOOK」データベースより)

 

 「化身」-南の島のジャングルで、周囲を岩壁に囲まれた池に落ちてしまった男。自力での脱出は不可能、近くに人が通りかかることもない。男は1日でも長く生き延びるため、あらゆる手段を尽くす。池の水を飲み、蟹や魚を捕まえて食べ、水中に潜って貝を取り、夜は岩場の上で眠る。そうした生活を続けているうち、男の身体に変化が現れる…。閉鎖的なシチュエーションでのサバイバルホラーかと思いきや、ものすごい勢いで状況に対応し、数万年単位の進化レベルで男の肉体が変貌していくので呆気に取られてしまう。まるでネイチャー番組を見ているかのよう。リアリティのある大ボラ話であり、一読忘れられないインパクトがあるのは確かである。

 「雷魚」-口裂け女の噂が広まっていた初夏。康夫は雷神山の溜池で見かけた、巨大な雷魚を釣ろうとしていた。雷魚はなかなか姿を現さず、友達からは嘘つき扱いされていたが康夫は毎日のように溜池に通い続けていた。今日も釣れそうにないな…と諦めかけていると、幅広の帽子と白いスカートを身に着けたお姉さんが声をかけてきた。都会から静養に来ているというお姉さんに雷魚を見せてあげようと、ふたたび釣りに情熱を燃やす康夫。その頃、村は「白い服を着た口裂け女を見た」という話題で持ちきりだった…。角川ホラー大賞受賞作家はなぜか「ノスタルジーあふれる夏休みの少年の話」を書きがちな気がするが、これも淡い恋心と夏の終わり、正統派の怪談が絡み合う雰囲気たっぷりの1編。

 「幸せという名のインコ」-普段わがままを言わない娘に珍しくせがまれ、我が家では小鳥を飼うことにした。ハッピーと名付けられたアルビノのインコは新しい家族の一員となり、私は時おりハッピーを相手に、仕事の愚痴や家計の苦しさなどを話しかけていた。バブル崩壊以降、個人経営のデザイン事務所もめっきり仕事が減り、生活はどんどん苦しくなっていく。そんな折、ハッピーが「バアチャン、イサン」とつぶやいた。ほどなくして実家の母が亡くなり、いくばくかの遺産が入ってきた…。本書の中ではもっともホラーな一編。自営業が困窮に陥っていく描写のリアルさもある意味で怖い。

 

 表題作「化身」は第16回ホラー小説大賞・大賞受賞作。個人的には恐怖という感情を抱きにくく、「ホラー」とはまた別の異形作品ではないかという印象だが、圧倒的な描写力とイマジネーションには恐れ入るばかり。作者の急逝が惜しまれる。

★★★★(4.0)

 

著者 : 宮ノ川顕
角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日 : 2011-08-25

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