角川ホラー文庫全部読む

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一読の価値あり、ホラーファン必携の入門書。充実度なら角川ホラー文庫版一択-『ホラー小説大全〔増補版〕』

『ホラー小説大全〔増補版〕』

風間賢二/2002年/441ページ

モダンホラーが席巻した八〇年代。それはS・キングという稀有な才能が捲き起した一大ムーブメントだった。日本では“ホラー=恐い”という単純な括りで消費されがちだが、欧米作家たちはさらなるジャンルの細分化を進め、炸裂した作品を放ち続けている。ゴシックからモダンを通り抜けてスプラッタパンクまで、ホラー小説を総俯瞰し、世紀末文化の様相を浮き彫りにするホラーガイドの白眉。日本推理作家協会賞受賞作。

(「BOOK」データベースより)

 

 第51回日本推理作家協会賞・評論その他の部門賞受賞作品の文庫化。ホラーというジャンル自体への理解を深めつつ、新たな作品との出会いをもたらしてくれる、非常に優れた入門書である。西欧のホラー小説の系譜をたどる第一部、近代三大モンスターについて論じる第二部、モダンホラーの主要作家たちを追う第三部、俗悪上等のエロ・グロ・サイコ作家を語る第四部、モダンホラー・ベスト100作品をセレクト&レビューする第五部から構成されている。第三部・第四部はこの角川ホラー文庫版のみのコンテンツで、基になった角川選書版、後に刊行された双葉文庫版には収録されていない。

 

 「第一部 西欧ホラー小説小史」では、十八世紀から二十世紀末までのホラー小説の歴史を辿る。ホラー小説の原型たるゴシック・ロマンスに始まり、科学の発展に伴うゴースト・ストーリーとオカルト・サイエンスの台頭。クトゥルー神話の誕生とパルプ雑誌の隆盛、SFから発展したニュー・ホラー。満を持してのスティーブン・キングの登場とモダンホラーブーム、そしてニュー・ゴシック、スプラッタパンク、ダークファンタジーといったジャンルの傍流作品たち。ホラー小説はいかに社会情勢と密接に関係し、発展してきたのかについて語られる。世界史に疎い自分でも大変わかりやすく、かつ興味深く読めて勉強になるパート。

 「第二部 近代が生んだ三大モンスター」はフランケンシュタインの怪物、ドラキュラ、狼男にスポットを当て、彼らが登場する代表的な小説・映画作品についても触れられている。
 フランケンシュタインの怪物については、まずは当然ながらメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を取り上げている(この小説が生まれるきっかけになったレマン湖畔での集い、けっこうドロドロの人間関係だったのが面白い)。フランケンシュタインの怪物を従来の「分身」、「科学への警鐘」とする読み方はとうに凡庸であるとしつつ、小説自体が持つ“モンスター性”について分析されている。
 ドラキュラについては、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』の文学的な弱点(単純なキャラ造形、単調な展開)を指摘しつつ、この作品が広く支持を受けた理由を解説している。吸血鬼が読者を魅了してやまない理由は、「征服力・支配力」「不死」「セクシュアリティ」という3つの特性にあるとし、それぞれのテーマに基づいた作品を紹介している。
 ラストの狼男は日本ではややマイナー感があるが、人間と自然、理性と野性との領域を破壊する者…という観点は興味深い。狼男(wolfman)と人狼(werewolf)の違いは言われて初めて知った気がする。

 第三部「スティーヴン・キングの影の下に」では80年代、90年代、英国、女流のモダンホラー作家について取り上げる。第四部「サイコとエロ・グロ・スプラッタ」では『悪を呼ぶ少年』『サイコメトリック・キラー』『ブラック・ドリーム』『殺戮の〈野獣館〉』『ゴーサム・カフェで朝食を』に寄稿された解説を中心に、ホラーの中でも過激なジャンルの作品たちについて述べられている。ケッチャムへのインタビューも興味深い内容。未訳も含めて大量の作家・作品が載せられており、第五部で紹介されているものも多い。本書の数少ない難点は未訳作品の原題が載っていないことだが、この第三部・四部ではちゃんと原題が記載されていて安心。

 「第五部 究極のモダンホラー・ベスト100」では長編60作、アンソロジー・短編集から40作をセレクトしたもの。さすがに少々古い作品が多いものの、今なお色褪せぬ名作ぞろいなのは間違いない。第三部・第四部で頻出するタイトルもだいたいここに収められている。書影が掲載されているのが嬉しい(角川選書版には無かった)。

 

 角川選書版からはいろいろと手が加えられており、文章にも大意が変わらないレベルの細かい修正が入っているほか、訳書に関しての情報が新しいものになっている。新たに追加された第三部・第四部は各所で発表された小論や解説をまとめたもので、重複する箇所も多少あるものの、第一部終盤にあたる「ホラーの現在」についてより詳細に知ることができる。巻末の風間賢二×滝本誠の解説対談も角川ホラー文庫版のみの収録。内容の充実度で言えばこの角川ホラー文庫版一択だが、第三部・第四部は第一部・第二部のような体系立てたホラー論ではない。角川選書版・双葉文庫版でも本書の真髄には触れられるはずだ。

 

【追記】

 青土社より2023年7月26日発売の『ホラー小説大全 完全版』は、上記角川ホラー文庫版の内容に加えて大幅増筆、720ページの大著となった。今から購入するのであればこちらの完全版になるだろう。

★★★★★(5.0)

 

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