角川ホラー文庫全部読む

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ホラー漫画史を語るには外せない、巨匠ぞろいのアンソロジー。「聖なる恐怖」って何?-『HOLY』

『HOLY ホラーコミック傑作選 第1集』

手塚治虫、美内すずえ、諸星大二郎、日野日出志、丸尾末広、内田春菊、花輪和一、永井豪、萩尾望都/1993年/377ページ

日本を代表する九人の巨匠たちが紡ぎ出す、「聖なる恐怖」。名作中の名作を厳選した待望のコミック集。

〈収録作品〉

手塚治虫「バイパスの夜」

美内すずえ「白い影法師」

諸星大二郎「小人怪」

日野日出志「はつかねずみ」

丸尾末広「電気蟻」

内田春菊「雨の日は嫌い」

花輪和一「怨焔」

永井豪「霧の扉」

萩尾望都「かわいそうなママ」

(裏表紙解説文より)

 

 ホラー漫画9編を収録したオリジナルアンソロジーで、角川ホラー文庫初のコミック作品。解説文にある通り、本書に収録された9名が日本のホラー漫画を語る際に欠かすことのできない巨匠たちであることは間違いないし、それぞれの作品も間違いなく面白い(なにが「聖なる恐怖」なのかはよくわからないが)。ただ少々手広すぎるというか、もうちょっとテーマを絞ってもよかったのではないか(角川ホラー文庫初期のオリジナルアンソロジーは、漫画・小説に関わらず同種の問題を抱えてがちだが)。テーマを設けないのであれば若い読者・ホラーに明るくない読者のために、この作家陣がホラー漫画においてどのような実績を遺しているの、か改めて詳しく解説してもバチは当たらなかったと思う。

 手塚治虫「バイパスの夜」-深夜、タクシーに乗り込んだ男は自らを逃走中の1億円強奪犯だと打ち明ける。それに対し運転手は、いましがた女房を殺してきたばかりだと男に告げ…。すべてのコマ、すべてのセリフに無駄が無く、わずか18ページの短編ながらすさまじい緊張感に溢れている。巻頭を飾るにふさわしい大傑作。美内すずえ「白い影法師」-主人公が転校してきたクラスには、少女が病死した呪われた机があった…というまあまあオーソドックスな学校怪談。後半に出てくる霊能力者が無責任なのか責任感あるのかよくわからない。諸星大二郎「小人怪」-唐は文宗の時代。ガミガミ屋で勤勉実直な男が、友人たちとの何気ない会話から「化物が出る」と噂される小屋で一泊することになってしまい…。教訓めいたオチが付く一編。日野日出志「はつかねずみ」-ああ。これは怖い。恐怖度だけで言えば本書中でも最凶最悪。はつかねずみに支配された家庭の悪夢を描く、グロテスクで逃げ場のない作品。怖い恐い怖い。丸尾末広「電気蟻 吾が分裂の花咲ける時」ーフィリップ・K・ディックの『電気蟻』をはじめ様々なサブカルチャーを下敷にした作品だが、このパンクでシュールで無闇なパワーに溢れた作風は元ネタを知らなくても強烈な印象を残すと思われる。一読の価値アリ。内田春菊「雨の日は嫌い」-女の子のちょっぴり憂鬱な日常とつまらない死を描く、内田春菊100%の佳作。花輪和一「怨焔」-女の怨讐と呪いを描いた江戸怪談だが、それまでの流れを完全に突き放しらラスト1コマにいろんな意味で呆然とさせられる。反則。永井豪「霧の扉」-ブラックな3つの短編からなるオムニバス。かなり勢い任せな第3話は正直理解不能だが、映像を意識した各種演出は見どころがある。萩尾望都「かわいそうなママ」-幼い子供の、母親への歪んだ愛を語るサスペンス。ティム少年は本当にボストン氏の息子だったのか? ティム少年とシーフレイク氏、2人の心が未来永劫縛り続けられたままであろうことを考えると、こうも残酷な話はあるまい。

 電子書籍版には永井豪「霧の扉」が収録されていない。今でもそう読むのには苦労しない作品だが、可能であれば文庫版の購入をおすすめする。ただ電子版には著者らのサインが収録されているとのこと。解説は小林恭二。

★★★☆(3.5)

 

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