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あくまで実在の忍術を駆使する忍び達vs反則能力持ち妖怪軍団の死闘-『忍びの森』

『忍びの森』

武内涼/2011年/486ページ

時は戦国。織田の軍に妻子を殺された若き上忍・影正は、信長への復讐を誓い紀州をめざす。付き従うは右腕の朽麿呂、くノ一の詩音ら、一騎当千の七人。だが山中の荒れ寺に辿りついた彼らを異変が襲う。寺の空間が不自然にひき伸ばされ、どうしても脱出できないのだ!さらに一人が、姿の見えない敵によって一瞬で屠られる。それはこの寺に棲む五体の妖怪が仕掛けた、死の五番勝負だった―。究極の戦国エンタテインメント。

(「BOOK」データベースより)

 

 第17回ホラー小説大賞の最終候補作品『妖と青』を改題・改稿した作品。現在は普通の角川文庫から刊行されている。

 「風太郎忍法帖+モダンホラーの恐るべきハイブリッド」という貴志祐介の評がすべてを表している、角川ホラー文庫では珍しい時代物。あらすじにある通り忍者と妖怪の死闘を描いた伝奇バトルものだが、妖怪軍団は奇怪な妖術を自在に使うのに対し、忍者たちはあくまで実在の忍術をベースに戦うのがミソ。山田風太郎のようななんでもアリの異能者ではなく、あくまで武芸や各種サバイバル知識に長けたプロフェッショナルとして描かれている。時代背景、忍者の使う道具の数々、当時の建造物や植生などについての語り口は簡潔かつ描写力に溢れ、思わず引き込まれる説得力とリアリティに溢れている。

 廃寺で一夜を過ごす彼らを襲う、5匹の妖怪たち。4つの童女の顔が付いた胴体、獰猛な牙と触手、並外れた再生力を持つ「妹蟲(いもむし)」。妖怪に殺された忍びが生きた死体となって蘇った「屍忍(しにん)」。8つの目と高速で飛行する翼、相手を石化する痰を吐く「蛇苦鷺(じゃくろ)」。あらゆる植物を自在に操る能力を持つ「草姫(くさひめ)」。彼らの元締めであり、人や物を妖怪と化す能力を持つ「うつろ」。インチキじみた能力と強靭な身体能力を持つ妖怪たちを、知恵と技術と忍術を駆使し、犠牲を出しつつも撃退していく前半の展開は完璧に近い面白さ。ただ妖怪軍団の正体が割れてからは、正体不明の敵に対する緊迫感が一気に薄れてしまう。妖怪は自分たちの名前と登場順をわざわざ書いて教えてくれるうえ、決して同時に襲ってこず1匹ずつ勝負を挑んでくるので少年ジャンプ風味を増す。とは言え描写のリアリティ自体は損なわれることはなく、ただただ作者の筆力に圧倒される。読んでいてダレる部分がほとんど無い、エンターテインメントに振り切った作品である。七人の忍び達の個性と生きざまもたいそう魅力的で、戦国の忍者に対しての解像度を高めてくれるはず。

★★★★☆(4.5)

 

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