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狭間に生き、狭間に遊ぶ若き小説家の“現実”という悪夢-『おんびんたれの禍夢』

『おんびんたれの禍夢』

岩井志麻子/2024年/240ページ

きょうてえ謎は、異界から襲い来る――血も凍りつく驚愕のホラーミステリ!

時は明治。
岡山から上京したばかりの若き怪奇小説家・光金晴之介は、
世界探検家を自称する豪傑・春日野力人の、冒険記のゴーストライターを務めることになる。
馬来半島、泰、緬甸、印度。
亜細亜中から送られてくる力人の体験談は、
おぞましい憎しみと叫び、そして不可解な謎に満ちたものだった。
晴之介は同居人の美しい少女・楠子とともに、複雑怪奇な謎を解き明かしていくが――。
忌まわしき故郷の「キバコ」の記憶、海を越え日常を浸食する異界の住民。
そして襲い来る、言葉を失うほどの恐怖とは。
『ぼっけえ、きょうてえ』の著者が描く、驚愕のホラーミステリ。

(Amazon解説文より)

 

 時は明治。名家の出身ながら放蕩三昧を繰り広げていた光金晴之介は実家から縁を切られてしまうが、怪奇小説家としてなんとか身を立てていた。彼は幼い頃、数々の怪談を語ってくれた「みっちゃん」の幻を追い続けている。みっちゃんが話してくれた‟きょうてえ”話の中でも、キバコの話は格別に怖かった。だが、その肝心のキバコの話の内容を覚えていない。しかも、家族に聞いても「みっちゃん」などという女はいなかった、というのだ…。

 自称・世界探検家、春日野力人の壮行会に顔を出した晴之介は、自分や力人と同じく岡山出身だという楠子に出会う。美しく多芸な楠子と打ち解けた晴之介はいつしか同居することになり、さらに力人からは「文才のない自分の代わりに冒険記を代筆してくれないか」と依頼される。亜細亜を廻る力人から届く旅行記は、晴之介の筆によって虚実入り乱れる幻想譚へと生まれ変わった。…そしてある日届いた、力人からの手紙。いつもとは雰囲気が異なる書面には、力人が緬甸ビルマで巻き込まれてしまったとある奇怪な事件についての顛末に加え、晴之介がその真相についてどう考えるか返事が欲しいと書かれていた。晴之介は楠子とともに「名家の若夫人失踪事件」を推察していく…。

 

 岩井志麻子らしい「虚と実の合間をただよう怪談」が劇中の物語として挟まれているほか、「『みっちゃん』とは何者だったのか?」、「消えた若夫人はどこへ行ったのか?」、「力人は本当は・・・何をしているのか?」といった軸となる謎が次々と提示されていく。第三者として怪談を語る側だった晴之介が、怪談そのものに巻き込まれていく中盤以降の展開がまたスリリングである。最後の最後に明かされる「タイトルの意味」も心憎い。空想と現実の狭間に生き、これまた狭間のパートナーとともに暮らしてきた晴之介に突きつけられる、現実という醒めない悪夢の真相。ホラーミステリという性質上、あまり本編の内容に踏み込み過ぎると興を削ぎかねないので詳細は省くが、作者の持ち味が存分に発揮された快作である。

★★★★(4.0)

 

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