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新婚家庭のベッドの下で、息を潜める純情ストーカー独り。想い人をDV被害から救えるのは…-『アンダー・ユア・ベッド』

『アンダー・ユア・ベッド』

大石圭/2001年/320ページ

ある雨の降る晩。突然、僕は佐々木千尋を思い出した。19歳だった彼女と僕がテーブルに向き合ってコーヒーを飲んだこと。彼女の亜麻色の髪、腋の下の柔らかそうな肉、八重歯、透けて見えたブラジャーの色や形…9年も前の、僕の人生のもっとも幸福だった瞬間―。そして僕は、佐々木千尋を捜してみることに決めた。もう一度、幸せの感触を思い出したいと願った―。それは盲目的な純愛なのか?それとも異常執着なのか?気鋭が書き下ろす問題作。

(「BOOK」データベースより)

 

 存在感のない男・三井直人は、ふと11年前に一度だけ、一緒にコーヒーを飲んだだけの関係である佐々木千尋のことを思い出した。千尋の現在の住所を調べた直人は、近くの物件を借りて熱帯魚屋を始める。結婚して姓を変え、浜崎千尋となった彼女は夫の健太郎、産まれたばかりの木乃美と暮らしていたが、健太郎は典型的なDV夫であった。浜崎家を盗聴・盗撮していた直人は、千尋が奴隷のように扱われ、殴られ蹴られ凌辱されていることを知り、たびたび浜崎家に侵入するようになる。グッピーの水槽を掃除し、木乃美をあやし、千尋の内職を勝手に手伝い、財布に万札を忍ばせ、時にはベッドやソファーの下で息をひそめつつ、千尋のことを見守っていたのであった。

 

 変態犯罪者の所業をこうまで美しく、せつなく描けるのは大石圭をおいて他にいないだろう。「ベッドの下にストーカーが潜んでいました」という19文字で終わる内容だが、直人・千尋・健太郎、そして直人の熱帯魚屋の常連である孤独な青年・水島の視点でエピソードを紡ぎ、緊張感を途切れさせることなく展開していくのが巧い。日に日に残虐性を増していく健太郎の暴力。行動が少しずつ大胆になっていく直人。耐えかねた千尋が木乃美を連れて家出を決行したことで、すべてが崩壊へと向かってなだれ込んでいく…。健太郎がいかにもなわかりやすい暴力夫である一方、世の中すべての「忘れられた人々」に哀切を感じる直人の心象描写は共感を呼ぶ。変態ストーカーを応援したくなる危険な作風である。

 静かな終わり方も、いかにもこの作者らしい雰囲気。大石圭の代表作であり、氏のエッセンスが詰め込まれた傑作と言っていいだろう。

★★★★(4.0)

 

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