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昼間は女医、夜はSM嬢。不条理にもがく女の生きざまを描いた官能サスペンス-『甘い鞭』

『甘い鞭』

大石圭/2009年/448ページ

高校1年生の時に隣家に棲む男に拉致監禁された奈緒子。1か月にわたって弄ばれ続けた彼女は、男を殺害し辛うじて地獄から生還した。凄絶なトラウマを抱えたまま成長し、現在は不妊治療専門の医師として活躍する奈緒子だが、美貌の女医として評判の彼女のもう1つの顔、それはSMクラブに所属する売れっ子M嬢“セリカ”だった。過去と現在、サディスティックな欲望とマゾヒスティックな願望が交錯する、驚愕の問題作。

(「BOOK」データベースより)

 

 壇蜜主演で映画化され、青年コミック化もされたSMサスペンス。不妊治療専門の女医であるかたわら、SMクラブのM嬢として働く主人公・岬奈緒子の日常が、彼女の運命を大きく変えることになった高校時代の拉致監禁事件のあらましを挟みつつ語られる。
 不妊治療医は、時には患者に非情な宣告をせねばならない立場でもある。そうした現場で働き、また末期癌に冒された母を終末治療を受けているホスピスまで見舞いにいく奈緒子からは、医療従事者の、そして医療の現場そのものの赤裸々な姿が浮かび上がってくる。これらは話の本筋に関係にないフレーバーのようでありながら、本作全編に漂う「運命の不条理さ」を強調する要素でもある。
 高校時代に奈緒子を拉致した男・赳夫は、隣家の引き籠り息子だった。少女を監禁し凌辱しておきながら「いつかレイプが快感に変わるかもしれない」「いつか結婚してくれるかもしれない」などと本気で考えている姿には怖気が立つ(現実でもこういう思考の男が事件を起こしているのがなんとも)。この辺りのシーンは監禁モノを得意とする著者だからこそ、赳夫の監禁主としての手際の悪さ、迂闊さがより際立っている。奈緒子は彼を刺殺するまでのあいだ、不器用な優しさを見せて擦り寄ろうとする赳夫に対し憐れみにも似た感情を抱いているのだが、これはいわゆるストックホルム症候群ではなく、ごく普通の隣人であった男が少しの掛け違えで醜悪な犯罪者になってしまうことの恐ろしさを描いているように思える。
 終盤、いつものようにSMクラブでの仕事へ赴く奈緒子だったが、最後の客はM嬢を殺害し、自らも命を絶とうと考えている激ヤバな男だった。ベッドに縛り付けられ、ナイフをちらつかせる男を前にして、奈緒子の脳裏に監禁されていた日々と、自分が殺した男のことがフラッシュバックする。そして…。

 官能描写が多いわりに煽情的でもなく、かといってホラーでもない。作者の他作品との類似点や、SMプレイがムチ打ちくらいしかないなど気になる部分もあるが、日常と心情の描き方が巧いのでぐいぐい読めてしまう。

★★★(3.0)

 

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