『妄想代理人』
梅津祐一(著)、今敏(原作)/2004年/267ページ
身体の奥底から突き上げる殺人衝動に悩む兄。偶然目撃した犯罪者に恋こがれる妹。そこにいるはずのない妻の幻を視てしまう父。世間を騒がせる通り魔“少年バット”の幻影が、家族の心の奥底に隠された願望を妄想へと変えてゆく。その想いが臨界点を超えたとき、後戻りのできない悪夢の一夜が訪れる!気鋭の監督今敏の初TV作品『妄想代理人』の裏にひそむ戦慄の物語が、オリジナルストーリーで登場。
(「BOOK」データベースより)
今敏が手掛けた唯一のテレビアニメ『妄想代理人』の、もう1つのエピソードを描くオリジナルストーリー。神出鬼没の通り魔‟少年バット”を巡る、妄想と幻想に囚われた人々の末路の物語である。アニメのキャラクターは数多く出てくるが、本作のみでも背景を含め基本的な情報はわかるようになっている。
大学生の海老沢和生は、日々強くなる殺人衝動に悩まされていた。幼い頃、バットで野良犬を叩き殺した時に感じた昏い喜び。巷で話題の少年バットを偶然目撃して以来、あの時の暴力的な感情が甦る。とは言え、人を殺すことにためらいを感じる理性もまだ残していた和生は、少年バットが自分の前に現れることを望むようになる。正当防衛という形なら、存分に相手を叩きのめせるのに…。
中学生の海老沢若菜は、冴えないクラスメイトの狐塚誠になぜか惹かれていた。彼女は狐塚が少年バットの姿をして、小学生を襲う現場を見てしまったのだ。自分だけが知っている少年バットの秘密。退屈な毎日から自ら抜け出した狐塚。それに比べて、自分はなんとちっぽけな存在なんだろう。いつしか覚えた‟クスリ”から抜け出せなくなっていた若菜は売人の蛇崎に脅され、売春して金を稼ぐよう強要されていた。クスリの幻覚から啓示を受けた若菜は、「少年バットが覚醒剤の売人をターゲットにしている」という噂をあちこちのネット掲示板に書き込む。
刑事の海老沢波男は、蔓延する薬物について捜査していた。何かと話題の少年バットも、薬物中毒者ではないだろうか? 少年バットの正体として狐塚が逮捕され、その狐塚も留置場内で何者かに殺されてから、波男はひとつの妄想にすがるようになる。姿を消した妻の船子は、実は息子の和生に殺されたのではないか? そうだ、和生こそ少年バットに違いない…。
家族のすれ違いが少年バットの存在によって決定的なものとなり、崩壊していく様を描く。いや、少年バットがいようがいまいが、すでに取返しのつかない事態だったと言えるかもしれない。呼べば応える少年バット、どこから来たのか少年バット、彼は自分を求める者の前に現れる怪異でありヒーローなのだ。ラストはあまりに救いが無さ過ぎて、後味の悪さだけなら原作エピソードを超えているかもしれない。
★★★(3.0)