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牧野修版「血の本」。純100%の悪意が読者と作中人物を襲う兇暴短編集-『ファントム・ケーブル』

『ファントム・ケーブル』

牧野修/2003年/332ページ

「ヒトゴロシ」吉住にかかってきた電話。それは一方的な罵りだった。彼は身に憶えのない中傷に怒り、表示された番号に掛け直すのだが、それは使われていないものだった…。その電話がきっかけで吉住は一つの事件を思い出していた。自分が紡がなければならないもの、闇に魅入られてしまった者たちの物語のことを―。常識のように、現実を侵食していく異形の恐怖を描いた傑作短編集。

(「BOOK」データベースより)

 

 「ファントム・ケーブル」-日々自堕落な生活を送っている吉住、久保田、佃の独身中年男性3人。同じ学校に通っていた彼らは、他の誰にも明かせない秘密を抱えていた。だがある日、かかってきた一本の電話が封じ込めていた過去を呼び覚ます。彼らを「ヒトゴロシ」とののしる、男とも女とも区別がつかない声が…。本書のプロローグとエピローグにあたる枠物語だが、読みごたえはじゅうぶん。ここからさまざまな‟地獄”の物語が幕を開ける…。

 「ドキュメント・ロード」-気にくわない監督、気にくわない女優2人と共に逆ナンパもののAV撮影に駆り出されたヨシアキ。国道沿いの食堂で2人組の男を見かけた監督は、さっそく彼らをターゲットにするよう女優たちに告げる。それがヨシアキにとって最悪の1日の始まりになろうとは…。『悪魔のいけにえ』のようなサイコスラッシャーものを、日本の片田舎を舞台にするとこういうテイストになるのか…と思いながら読み進めていたが、ラストでさらに一回転半くらいの捻りが加えられている。

 「ファイヤーマン」-執拗ないじめを受け続けているサヤカは、消防士から銀色のライターを受け取った。このライターで火をつければ、すぐにファイヤーマンが駆けつけてくれる。そしてサヤカをいじめていたミナヨも、ユミも、セイコも、ショウコも、一家丸ごと炎に包まれた…。いじめの被害者であるサヤカ、サヤカを影から神聖視していたミユキの2人の視点から語られるのだが、かなり謎だらけというかブツ切りというか、モヤモヤが残る話である。なんなんだこれは。

 「怪物癖」-クラスでも家庭でも疎んじられている女子高生。彼女の周りでは教師やクラスメイトが次々と姿を消していた…。ぐちょぐちょ、ぬるぬる、ずるずるの肉体崩壊を楽しめ快作ポルノホラー。

 「スキンダンスの階梯」-職場を追い出された楠山は、臨床治験のアルバイトに参加する。膏薬を塗られ、あとは寝ているだけの楽なバイトだったが、なぜか自分以外の被験者とまったく出会わない。‟階梯”が進むにつれ、楠山の周囲では不穏な出来事が…。仮面舞踏会をテーマにしたアンソロジー『異形コレクションⅩⅩⅠ マスカレード』に書き下ろされた一編。ここまでテーマにしっくりくる‟異形”もなかなか無いのでは。

 「幻影錠」-ピッキングに取り憑かれた開錠の達人、堀切に舞い込んだ依頼。内容は「錠を開いてほしい。ただし錠を開くまでは泊まり込みで作業してほしい」という単純なものだったが、その「錠」の正体は…。本書の中ではもっともシンプルな筋立ての短編。解けなくても簡単に解かれても意味がない、錠という矛盾をはらんだ存在に対する堀切の偏愛ぶりが面白い。

 「ヨブ式」-平凡なサラリーマン・三沢は何者かに延々と嫌がらせを受けていた。ストーカーの如く生活を監視され、会社のデスクには鼠の死骸を入れられ、車のドアには剃刀を仕掛けられ…。だが三沢にはそのような嫌がらせを受ける心当たりが全くなかった。ついには妻と息子がに直接被害が及び、さらに悪意ある攻撃はエスカレートする…。神なき世の神の試練という、ただただ理不尽だけな不運に見舞われた男の何ひとつ救いがない絶望譚。

 「死せるイサクを糧として」-一歳半の息子を些細な過ちで死なせてしまった「わたし」は、仕事も妻も自らの脚をも失い、テレアポのバイトで細々と暮らしていた。だがある日、勧誘電話をかけた相手が「子供を殺したお前に耳寄りな話がある」と話しかけてきた…。愛する家族を過失で死なせてしまうという最悪のーー、だがニュースではしばしば報道されるような悲劇に見舞われた人々の物語。「ヨブ式」と同じく聖書のエピソードを下敷きにしているが、ここで描かれている「神」の正体には言葉を失わざるを得ない。

 

 パルプを超えたジャンクなホラーとでも言おうか。肉体的にも精神的にもグロテスク極まりない作品ぞろいで、登場人物のほとんどが希望の見えない人生をずるずる引きずっていてたいへん景気が悪い。宗教的なモチーフがたびたび散見されるのも特徴的で、総合的な‟厭さ”はかなりのものである。クライヴ・バーカー「血の本」シリーズの中に本書がまぎれていても違和感がないのではと思えるほど。角川ホラー文庫の牧野修の短編集は本書のみだが、もっともっとこの地獄に浸っていたいという気にさせてくれる。

★★★★☆(4.5)

 

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